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zoom RSS 『福島原発事故と女たち―出会いをつなぐ』メモ

<<   作成日時 : 2013/04/19 03:23   >>

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 編者の近藤さんから購入して、しばらくそのままにしていた。もう一人の編者の大橋さんは近所なのだが、都心近くでしか会うことがなくて、近所でも会いたいなみたいな話をツイッターでしてる頃にタイミングよく、この本が部屋の床からでてきた。っていうか、あったけど意識してなかったので気がつかなかったのだろう。ま、そんなきっかけで読み始めたのだけど、面白かった。

読後直ぐに書いた読書メータでは以下
大橋さんの文章「しがらみ、なりゆき、あきらめの中での、一人ひとりの選択を大切にしたい」がとてもよかった。


「福島の女たち」という全体の名称はよく聞くけれども、一人ひとりが見えてこないから、この本を作ったというようなことがどこかに書いてあったと思う。
そういう本で、福島の女性の生の声がたくさんある。武藤類子さんのお母さんの手記も読ませる。


以下、気になったところ抜き書き&雑感。
===
宇野朗子さん
母子避難者の具体的状況は本当に千差万別ですが、共通していえることは、彼女たちは3・11以降、猛烈に勉強し、思考し、感じ、パートナーや両親、義父母、子どもたちなど、周囲の人びとを説得し、相手の変化を促し、そして、多くを手放し失いながら、「避難」という決断をしたということ。(中略)。そして何よりも彼女たちは、国家、地域社会が提示する世界とは別の社会を見、指示される方向とは別の方向に向かうことを選択したのです。(略)「お金なしには生きられない」「原発なしには生きられない」「差別なしには成り立たない」……そんな世の中に苦しめられながらも、それを超える生き方を求めています。76-7p
身近にも母子避難者がいる。彼女の避難生活もたぶんこの夏に再び変化するはず。断続的な避難生活のなかで彼女は何を感じ、何を得ることができたのか、連休に会えるはずなので、聞いてみたい。この本、お土産にしようかな?

安積遊歩さん
 ややこしいのは、感じる力の中で人間がもともと持っている感じる力と、生きる中で奪われ続け、踏みにじられ続けることで培ってしまう非本質的な感情があるということだ。それが強欲さや残酷性など、抑圧的な立場にいる人たちが培ってしまった感情であり、その感情に基づいて行動するから世界は大混乱を生んでいる。
 この感じる力、怖いとか悲しいとか辛いとかを、感じ表現することを子どもの時にまず許されないことで、人間はそこを生き延びるために強欲さや残酷さという感情を培ってしまう。しかし、もともとそれは本質的なものではないから、ひたすらに聞いてもらい、それらを身体の外に出してしまうことができれば(涙や震えや笑いによって)人と繋がろうという本質的な気持ちが蘇る。90p
このあたりは彼女のカウンセリングの核の部分なのだと思う。それがとても簡潔にわかりやすく少ない言葉でまとめられている。

しかし、この「本質」の繰り返しが気になる。言いたいことはわかるし、そうであって欲しいと思う。

それを「本質」という言葉を使わずに説明することも可能なのではないかと思った。「一人ひとりが本来、生まれながらにして持っている力」という風に言ってもらえれば、もっと入っていきやすいのではないか。

それから、順は前後するが、いちばん最後の近藤さんの文章では86年の5月5日の丸木美術館の話がでてくる。ぼくはまだあまり関わってなかったころの話。






で、今回の読書メモのメインの最初に紹介した大橋さんの文章についてのメモに入る。
タイトルは
「しがらみ、なりゆき、あきらめの中での、一人ひとりの選択を大切にしたい」。
読み返したあとで、このタイトルを読むとなかなか深い。

松本麻里さんの「母性主義批判への疑問」を投げかけた文章とインタビューを引用した後、以下のように書く。
フェミニズムは、的外れな批判をしているのではないか、むしろ再生産労働を担う女性たちの行動は、国家と原子力産業に抗する意味を帯びつつある、という松本麻里さんの指摘には共感する。
 だが、私の見る限りでは、2011年はそれほど明確な批判がフェミニズムから表明されたとは思えない。1986年チェルノブイリ原発事故あとの(略)母性主義への批判を繰り返しただけのような気がする。
 むしろ、3・11後の事態に関してはフェミニズムが脱・反原発に対して(批判もふくめて)積極的なメッセージを打ち出せなかったことの問題を考える必要があるのではないかと思う。141-2p

これに関しては、そういう感じはあるとも思うものの、チェルノブイリ後の議論がまったく忘れられているかのような言説がいっぱいあり、それに対する楽な対応として、そのとき語られていたことを繰り返すとか、想起すれば対応としてはそれで十分というような事情もあっただろう、とも思う。

しかし、大橋さんが指摘するように、2011−3・11を経て、新たに語られなければならないことはあったはずで、この大橋さんの文章こそが、そういう意味で、大切なものなのではないかとも思う。

そして、ここから「母性主義」に関する記述に入っていく。
ここで大橋さんは『廃炉に向けて――女性にとっての原発とは何か』(新評論1987年)での青木やよひさんの発言を引用する。
…母性というものが戦争強力の軍国主義に丸ごと取り込まれてきた歴史というのは、これは否定できないわけです。日本だけじゃない、ドイツだってそうでしょ。(略)ナショナリスティックなアイデンティティを母なるものに求めている。それは抽象的なようだけど、ひとりひとりの女に還元すると、女は母でなければ値うちがないんだよということなのね。それをずっとやられてきた歴史があるわけね。だから、母性=ファシズムみたいな連鎖反応ができている。だから、産む性がどうのとか、母性を大事にするとかいうことが、それを聞いただけで女の中にアレルギーを起こしちゃうんです。142-3p
  これに関して、大橋さんは、「母性への警戒感や違和感がフェミニズムから出てくる背景を考えるうえで、今でも大事な感覚だと思う」と書く。

 そういう部分もあるのかとは思う。だけど、ここには違和感が拭えない。「産む性」と「母性」への反発は基本的には、「そんな風にだけ決めて欲しくない」ということじゃないかと思う。それをファシズムにまで持って行ってしまうのはちょっと飛躍がありすぎなんじゃないかと思ってしまうわけだ。

 もちろん、ここで青木さんが言っている観点も面白いし、それはそれなりに大切かもしれないとは思うものの、前提としての「そんな風に決めないで欲しい」という説明がないから、その違和感が強く出てしまうのだと思う。もしかしたら、大橋さんはそんなことはいうまでもない前提だから言っていないだけかもしれないけれども。

 青木さんの本をかなり以前に読んだとき、ぼくは、彼女が「女性原理」とか言いさえしなければ理解できるのに」と思った。そのあたりのことは http://tu-ta.at.webry.info/200709/article_15.html にも書いた。
ミースたちのエコフェミは好きだけれども、青木さんのこれはどうしても「女性原理」への違和感がさきにたってしまう。

このあたりはどうもすとんと落ない部分ではある。



それを受けて、大橋さんは以下のように書く。
 女性を母として囲い込もうとする母・性・主・義・に・対・し・て・、フェミニズムはノーをつきつけたのであって、子育ての現実から原発の矛盾や放射能の問題に気づき、「母として」脱原発の声をあげている個々の女性たち(の運動)を批判したり、警戒したりしているのではない、と私は思う。143p

いろんなフェミニズムがあって、囲い込みとまではいかないかもしれない「母だから反原発」「母として反原発」みたいな言説にも、それが強調されると違和感はあるのだと思う。似非フェミニストのぼくもそんな風に感じることはある。
たとえば、最近、少し話題の亀山ののこさんの”100人の母たち”、その写真はすごく素敵だと思うのだけど、ぼくはやはりこんな風に母を強調されると、ちょっと気になってしまう。(亀山さん宛に手紙を書いたのでいつかどこかで掲載しよう)

母になれないから、のけ者にされた感じがしちゃうのかもしれない。

また、大橋さんは以下のようにも書いている。
 母性主義とは、さまざまな心情をもち、いろいろな行動をする女たちを、「母」の鋳型にはめこみ、「母らしさ」の物差しで計って賞賛/断罪すること。
 しかし、自分の周囲を見ればわかるように、「母として」「女として」の中身はさまざまである。生身の女一人ひとりが異なっているように、多様であり豊穣さに満ちていて、一括りにはできない。
 3・11の直後には、「母として」を強調して訴える姿に、「え?」と驚いた私も、言葉通りに受け取る必要はないのかも、と思うようになった。個々の女たちは「母」「ママ」という言葉は使ってはいても、それは厚生労働省のパンフや旧来型社会活動家が想定する「母」におさまりきれない。「母の仮面」などかぶらなくとも、たまたま母で「も」あるという素の顔のままで、その人らしい怒り方、伝え方をしていく。それが、従来の〈母〉イメージを内側から壊していくような営みになるのだろう。(注3)145p

 こんな風に書いてはいるが大橋さんは母的なものを肯定的にのみ伝えるようなありかたへの違和感や外から母的なものを賞賛する視線には、その少し前ではっきり否定している。

 また、145pの上記の文章の末尾の注3で、大橋さんがこれを痛感したというエピソードが紹介される。詳しくは読んで欲しいのだが、新橋の東電前の抗議行動で女性の「口汚い」口調とその声のトーンが急にかわる話だ。これだけ読むと「なんだかなぁ」という話で、「従来の〈母〉イメージを内側から壊していくような営み」が肯定的なものとは感じられない。大橋さんはその一筋縄でいかなさ、重層性を書きたかったのかもしれないけれども、これはわかりにくいと思った。



障害者と原発に関する記述はほぼその通りだと思う。

で、この大橋さんの文章、注に興味深いものがいくつもある。
例えば、153pに記載されている『みえないばくだん』のエピソード。最初に流布されていた『どうしてわたしは みんなと おててのかたちがちがうの』という女の子の泣き顔で終わるパターンに、これはないだろうと、ぼくも憤慨していた一人だ。おしゃべり会でこの動画をみるにあたって、作者と話す機会を持ち意見交換したという。ぼくは憤慨するだけで、作者にコンタクトをとろうとは考えなかった。まず、このことが素敵だと思う。ぼくは最近、サティシュ・クマールから学んだばかりの「怒り」を"compassion"に変えていくというその実践とも言えるかもしれない。
 ともあれ作者は、その後、これを絵本にするにあたって、『おててのかたち』を『病気』に変え、なぜ変えたかという理由をあとがきにこう書いている。
・・・「差別を助長するものだ」「原発事故の被災者を傷つける内容だ」という批判もありました。……上手く表現できずに、何人もの方の心を傷つけてしまったことには本当に申し訳なく思っています。私が伝えたかったのは「原発は病気になるから反対だ」ということでは決してなく、根本的に「不自然」なものであり、自然の脅威には適わない、人の手には負えないものだということ。何億年も先まで危険なゴミを残してしまうものが本当に必要なのか? そして、意見を述べれば、対立が生まれてしまったり、心を苦しめてしまうものであること(残念ながらこのお話も含めて)、ということを逃げずに隠さずにみんなで今、考えるときだと感じています。
これからもいっしょに考え続けていきたいと思う。と大橋さんも書いているが、本当にそう思う。少し付け足すと、みんなで考えること、そして、動きながらが必要なのだと思う。


話がそれた。本文に戻る。世界脱原発会議での男の子の「子どもが変なふうになって生まれてきたら、すごい申し訳ないなぁと思って・・・」などの発言が紹介される。

さらに、その発言に対して、うなだれるだけの大人たち。それを動画で見た女性が、その差別表現に大人が気づかず、それを悲劇にしてしまうのは「なんて情けないんだろう」と書いているブログを大橋さんは紹介する。157p

そして、「そのこれから生殖年齢を迎える若者の不安は当然かもしれない」、とした上で、おとながやるべきなのは、その不安に「寄り添い」ながらも、ほかにすべきことがあり、それは異性愛者として結婚して子どもをつくることが正しいのだという社会的圧力を変えること、そうではない別の生き方への差別をなくすことだという。

 それに続けて、「正しく怖がる」という言説が放射能の影響を過小評価する働きをしていることを指摘した上で、「不当に」健康被害を受けることは問題であり、それを避ける努力(注8)を行政はすべきで、そのための工夫も大事だという。

 さらに、
「同時に、放射能のせいで、たとえ障害や病気が増えてもその人を差別しない社会を作っていくしかないのではないか(注9)」そして、それは事故を起こした当事者である東京電力や行政が果たすべき責任でもある158p
と書いている。

 確かにその努力は必要で、大橋さんが書いていることは正論だと思う。でも、それでも、その若い人の不安は消えないだろう。

 ぼくも他に言うべき言葉を持たないのだが、大人がこんな風にしてしまった社会で若い人たちは生きていくしかない。その健康被害を最大限避ける努力をしながらも、そこで生まれてこようとするいのちを祝福して欲しいと思う。先のことはどうなるかわからないけれども、健康被害が前より増える可能性は小さくないだろう(そんなには多くないかもしれないが)。ともかく、どんな風であっても、そこで生まれようとするいのちを祝福して欲しい。すべてのいのちが祝福されなければならない、そんなことを繰り返し伝えるしかないのだと思う。

 それで、その若い人の不安を消せるとも思えないけれども。


159pにある「注」も興味深い。
注8でSOSHIRENニュース298号に掲載されている疋田香澄さんのおしゃべり会の感想が紹介される。
産まれている・産まれてくる子どもを「人災により不当に健康被害を受けない」ために疎開支援すること。それは・・・障害をもつ人を否定することではなく、生存の権利を求めるという意味では当事者運動の理念に近いのではないかと私は思う。・・・
実際にはもっと長く引用されている。

その次の(注9)にはヴェールホフの文章からの引用がある。この本でのヴェールホフについては、以前、ぼくも http://tu-ta.at.webry.info/201106/article_15.html の最後の方で少しだけ紹介している。そこで抜書したものとは違うところだけど。
ここで引用されている最後の方だけ書き写してみる。
(チェルノブイリの事故を受けて)…私たちの方がわが子よりも長生きするだろうと覚悟しておかねばならない。……そのかわり私たちは障害をもっていること、制約を受けていること、やつれはてていること…人から手を貸してもらうこと、援助なしではいられないこと、他人に依存していることを「自然」で「ノーマル」なことだと思えるようにしなくてはならないのだ。本当はそうではないことを、よく承知していても――。
これはかなりひっかかる文章だ。少なくとも「人から手を貸してもらうこと、援助なしではいられないこと、他人に依存していること」は自然でノーマルなことじゃないかと思う。「本当はそうではない」というのは、どの観点から語られているのだろうか。大橋さんがどんな観点から、ここを引用しているのかもわかりにくいなぁ。


 また、本文に戻る。次に紹介されるのは水俣病の話だ。1965年に新潟水俣病が発見されると、新潟県は毛髪・血液のチェックを行い、水銀濃度の高い妊婦には中絶を、そして妊娠しないように規制したと書かれている。その結果、新潟水俣病では胎児性の患者は1例しかないという。子どもを産む権利を奪われたという裁判も行われた。「不幸な子を産まないための羊水チェック」を積極的に行う自治体があるなど、時代はそんな風な障害児の抹殺が当然しされた時代だったようだ。

 この一連の話をぼくは知らなかったので、とても興味深く読んだ。

 ここも一筋縄では話だなぁと感じる。その裁判をおこした親たちが「産めない」と感じたのは、妊娠規制があったからだけではないのではないだろうか。

 その規制に従っってしまった力学についても考える必要があるのだと思う。

 原田正純さんが
新潟での妊娠規制は胎児性水俣病を不幸な出生だと決め付けて抹殺しているのではないか。「障害を持つということは悲劇、不幸とだけ捉えていたと反省させられた」160p
と言ったことが紹介されている。 ここでは大橋さんは、その原田さんの主張も援用しながら、水俣で胎児性の子どもを「宝子」だといって大切にしたという例が書かれている。確かに水俣ではこのような規制はなかったく、生まれた子が大切にされたという事実はあるにしても、やはり多くは「不幸」な存在だと決めつけられることが多かったのではないだろうか。
 このあたりについてはかなり前だけど雑誌に書いたことがある。 http://tu-ta.at.webry.info/200811/article_16.html に残してあるので、興味のある人には読んで欲しい 

次にフィンランドの出産ストライキが紹介され、それへの違和感が表明され、以下のように書かれる。
最終的には自分で決めるにしても、ひとりぼっちではなく、「まごまごして」迷い、周囲の人に相談したり助けてもらったりしながら選択する(注14)。そのための情報、選ぶための手段が複数ほしいし、それが奪われることには抗議していきたい。「決めたのはあんたでしょ」と、社会的支援を打ち切るための自己責任論に陥らないようにすることも大切だ。162-3p
 ここはほんとうにそう思うし、大橋さんたちが重ねてきたフェミニストと障害者の対話の蓄積が書かせている部分だと思う。そして、ここにいたるすごく厳しいけれども豊饒な対話が日本社会にあったということは誇るべきことだと思う。こういうことこそ、世界に輸出されるべきだ。

 で、この(注14)が興味深い。
そこで
「リプロダクティブ・ライツのなかに『まごまごする権利』が必要だと思います」
という『第9回女(わたし)のからだから合宿』での発言が紹介されえいる。そこで、大橋さんは
「『自己決定」もフェミニズムも・・・バリバリ働ける『強者』のイメージになってしまっているようだ」
と書き、それが若者のフェミニズム嫌いの一因もそこに関係しているかも」という。さらに、この注の最後に以下のように書く。
新自由主義によって自己決定=自己責任論が振りまかれ、生きづらさの原因を社会の仕組みではなく、自分の至らなさに求める傾向が強まってきた現在、『決める』にいたる過程をどうするのか、探っていく必要性を痛感する
 なかなか決められない主体を尊重するということ、すごく大切だろうなぁと気づかされた。そう、すぐにすっきり決められる人ばかりじゃない、うだうだ、ぐだぐだ、あれこれ悩み逃れ、そういう過程が大切にされなければならないはずだ。

この文章の最後に大橋さんは、こんな風に書く。
・・・子どものころ、夏休みや年末年始に過ごした母の実家・・・福島に住み続ける親戚たちのことを思うと、無力感に襲われ、怠惰な自分が腹立たしくなり、情けなくなる。
 それでも、ちょっとだけでもできることを、これからもしていこうと気を取り戻す。163p

そうだよなぁと思う。

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