今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS 「ネットと愛国」メモ

<<   作成日時 : 2013/05/07 03:44   >>

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

ずっと気になっていた本だ。
ようやく読んだ。

読み始めた直接のきっかけが何だったのか、思い出せない。もしかしたら、以下に少しだけ紹介するサティシュのリトリートがきっかけだったかもしれない。

(読み始めたきっかけについて書かれたメモがでてきた。以下)
https://www.facebook.com/notes/%E9%B6%B4%E7%94%B0-%E9%9B%85%E8%8B%B1/compassion-%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%8D%98%E8%AA%9E%E3%82%92%E3%81%A9%E3%81%86%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%8B%E8%AA%B0%E3%81%8B%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%A6/452873181459871 

4月に参加したサティシュ・クマールのリトリートでかねてからの疑問をサティシュにぶつけた。
そう、彼は怒りを否定するような発言を以前からしていたので、抑圧や差別に対する怒りなど、肯定的な怒りもあるのではないかと聞いてみた。

それに対して、サティシュはやさしく「ずっと怒り続けるのかい」と答えた(ような気がした)

大事なのは compassion だという。これについてはあとで書く。

でも、怒りは怒りとして否定できないし、肯定的な怒りもあるだろうとぼくは思うし、いまでもそういう思いは消えない。

言われた後も、考えていたんだが、怒りは消せないし、それはそれとして大事なところもあると思うのだが、その怒りを compassion に変えていくようなプロセスも必要なのではないかと思えてきた。

compassion(これからコンパッションと書くこともある)、これをどう日本語にするかが問題で、「慈悲」とかいうのが定訳なのだけど、ちょっと違うような気がする。研究者の英和中辞典には「ともに苦しむこと」という語源がでていた。

ながながこの本に関係ないことを書いたのは、この本がそのコンパッション に満ちているのではないかと感じたからだ。



以下、メモ


最初に朝鮮学校のOBと鍋を囲んだときの話がでてくる。「いっしょに飲んでみたい」と一人が言い、「不快じゃないのか」と著者が質問する。そこでリーダー格の青年がこうつぶやいたという。
「不快にきまってる。でも、朝鮮人がバカにされるのは、いまに始まったことじゃないしな。それに、あの人たちだって、楽しくてしかたないって人生を送ってるわけじゃないんやろ? そりゃあ腹も立つけど、なんだか痛々しくて、少なくとも幸せそうには見えないなぁ」8p
これがコンパッションじゃないかと思うのだ。


41pの記述によると、在特会の住所は品川区(大森駅近くらしい)がそれは民間の私書箱業者の住所で事務所は秋葉原とのこと。近所かと思っていたのだが、私書箱だけだった。


57p 
「次々とマイクを握る会員たちの声や表情から垣間見えたのは、怒りというよりは、得体の知れぬどろどろした憎悪」


69p 
39歳自動車整備工
高校での「同和教育」この時間がたまらなくいやだった。・・・その反動から「人権」「差別」といった言葉に反発心を覚えるようにもなった。


90p 
日中記者協定について、それに規定されることはないと北京特派員経験者。しかし、彼らにはその存在が許せない。彼や彼女が欲しているのは、実証確認ではなく、「野蛮な隣国を激しく面罵する、力強い言葉なのだ」

138p 
18世紀のイギリスの文学者、サミュエル・ジョンソンは、「愛国心は、卑怯者の最後の隠れ家である」という有名な警句を残した。だが、本当にそうなのか。在特会を見ている限りにおいて、愛国心とは寂しき者たちの最後の拠り所ではないかとも感じてしまうのだ



172p〜
「よーめん」のクーデター5年計画
大雑把にまとめると
1、ブログの閲覧者を増やす
2、そのなかの先端分子をリクルートし、親衛隊を組織
3、「親衛隊」を中心に各地で宣伝行動
4、警察・自衛隊、マスコミ、芸能界のなかにシンパを潜入させる
5、警察・自衛隊の力を借りてXデーに一斉蜂起

「大事なのは若者や子どもを"落とす”こと・・・。だから、芸能人や人気漫画家をどんどんこちたの陣営に・・・。荒唐無稽? そんなことないですよ」
いまはまだ、これが荒唐無稽だといえる地点に立っているように思うのだが、これに近いことが荒唐無稽と言えないような時代が来ることを許してはいけないと思う。

186ー7p
日護会と在特会の対立。著者の安田さんは
「敵を見失い、かつての友に矛先が向けられる。右も左も関係ない――これもまた運動の法則の一つなのである」
と書く。確かに一部の人の反原連憎し、という話を聞くとそんなこともあると思ったりする。もちろん、両方の言い分はわからないわけでもないのだが。

192p 
彼らにとって考え方の異なる者はすべて「朝鮮人」なのだ。「朝鮮人」や「在特」は一種の記号である。彼らはその記号に脅え、憎悪し、詰ることで優越的な立場を獲得する。



194〜5p
在特会の主張する「在日特権」
1、特別永住権
2、朝鮮学校補助金
3、生活保護優遇
4、通名制度

それぞれいついて、安田さんがわかりやすくそれが特権などといえるものではないことを説明している。195ー210p



減り続けるオールドカマーの「在日」。
それを受けて、安田さんは以下のように書く。
在特会の人々は「特権」が許せないのではなく、おそらく外国籍住民が日本人と同等の生活をしていることじたいが許せないのである。212p



6章 「離反する大人たち」
57歳の元会員、中村(仮名)
桜井に行動スタイルを伝授した西村修平(主権回復を目指す会)
チャンネル桜、水島総(西村が生みの親なら、水島は育ての親)

3人が共通する見解は「在特会には思想がない」

それを受けて、安田さんは「むしろ、その点こそが在特会が運動を広げる原動力になったのではないか」245pと書く。

そして、「それは上記の3人がそれぞれ体験した60年代から70年代にかけての学生運動と重ねあわせれば、わかりやすいのではないか」と。

これが、ぼくにはあまりわかりやすくなかったのだが、要するに右翼には右翼なりのロマンがある(253p)のだが、在特会にはそれがなく、ネットの延長上での現実のと接触で(250p)、他者へのバッシングに特化した、インスタントな"愛国心”しか見えてこない(253p)、だから、インスタントに運動を広げることができた、ということなのだろうか、このところがけっこう肝の部分だと思うのだが、ぼくにはわかりにくかった。


京都事件をきっかけに在特会をやめた関東在住の青年の発言
(代表の)桜井に限らず、在特会のメンバーに共通するのは"世間に認められたい”といった強い欲求 259p

桜井はともかく、他のメンバーは「誰か」に認められたいのか「世間」に認められたいのか判然としない部分は残る。ともあれ、誰からも認められてこなかったというような背景がなければ、「いい朝鮮人も悪い朝鮮人も殺せ」などというスローガンに賛同できるものではないだろうと思うのだが、どうなのだろう。


そして特筆すべきは304pからの韓流ドラマを流すフジテレビへの抗議デモの話。その「反フジテレビ」のうねりをつくったのは在特会ではなく、ネットによって触発された「一般市民」。そこに6000人も集まったという。そして、そのデモの終了後の公園では参加者の高揚感に満ちていた(309-310p)という。

安田さんはそこに在特会以上の「怖さ」を感じたという。フジテレビの番組でキムチ鍋が人気鍋ランキングの1位だったということが韓国寄りの証拠の一つとされている。そんなくだらない事柄で、これほど多くの人が集まった事実にショックを受けたと。310p

そして、これは祭りだと。世間一般に漂う、うっすらとした「反韓国」「反北朝鮮」の声。そこに在特会の"背景”を見たように思うと、書かれている。在特会のように超過激なスローガンを声高に叫んだり、反対する人をリンチにしたりするようなことはないが、主張の到達点はそれほど変わらない。
在特会を透かして見れば、その背後には大量の"一般市民"が列をなしているのだ。私が感じる「怖さ」はそこにある。・・・おそらく、それがいまの日本の「気分」なのだ。311p


そして、この8章は以下のように閉じられる。
 なにかを「奪われた」と感じる人々の憤りは、まだ治まっていない。静かに、そしてじわじわと、ナショナルな「気分」が広がっていく。それは必ずしも保守や右翼と呼ばれるものではない。日常生活のなかで感じる不安や不満が、行き場を探してたどり着いた地平が、たまたま愛国という名の戦場であっただけだ。
 そこでは敵の姿は明確である。韓国、メディア、そこへカネを貢ぐスポンサー、そしてこれらに融和する者。これらの者は日本人のためのテレビ番組を奪い、日本人の心を奪い・・(略)・・。世の中の不条理はすべてそこに収斂される。その怒りの先頭を走るのが在特会だとすれば、その下に張り巡らされた広大な地下茎こそが、その「気分」ではないのか。
 繰り返し述べたい。在特会は「生まれた」のではない。私たちが「産み落とした」のだ。313p

これを書き写しながら、ある部分では納得しつつも、ちょっとした違和感も禁じ得なかった。

確かに在特会を支持する「気分」はある。新大久保で歩道を歩いていた人が「正しいことを言っているけど・・・」というような発言をしていたという。

フジテレビにデモをかける人がいる一方で韓流ドラマはお金をかけなくても視聴率がとれるから流されている。韓流ドラマを見、新大久保でショッピングや料理を楽しむ人は少なくない。その二つがまったく別な層だとは思えない。誰もが何かのきっかけで、反フジテレビのデモに向かうこともあるかもしれないし、韓流ドラマにハマるかもしれない。

阿倍政権は明らかに危ない方向を向いている。在特会はマスコミは左翼だと言うが、私のような「左翼」(かなりいいかげんだが)からすれば、排外主義を醸成したい政府の情報を垂れ流すことが多いように感じてならない。竹島やせんかく列島めぐる報道、北朝鮮のミサイル騒ぎをめぐる報道などなど。

報道をめぐる場でも、単純ではないさまざまな力学が働いていそうだ。バブル以降の20年で奪われたものは何だったのか、ということを納得できるような形でていねいに語るしかないのか、とも思う。


9章のタイトルは
「在特会に加わる理由」
サブタイトルとして
「疑似家族、承認欲求、人と人同士のつながり・・・みんな"何か"を求めている」


最初に京都の事件に加わった宮井将(32歳)の話から始まる。「朝鮮人はウンコでも食っとけ」という罵声の主だ。彼は意外にも素直に取材に応じ、礼儀正しく対応したという。そして、安田さんは取材してみると、動画やネットから、身構えていくと、「フツー」としか形容する以外にないものがほとんどだという。315p

さらに316pで安田さんはエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を引用する。そして、在特会員の多くは、ナチズムが人気を得ていく過程で経済的にも文化的にも貧困になった「パンは獲得できなかったが、(サディズム的光景)という「見世物」をあたえられた人々ではないか、と書き、以下のように続ける。
 失われるものがあまりにも多い時代、孤独を強いられる時代、人々は抱えていた自由を放棄してでも、強いものにすがろうとする。
 人間はファシストやレイシストとして生まれてくるのではなく、環境によって育てられるのだ。
 たとえ優しさや慈愛に満ちた人間であっても――。 317p


このあたり、すごく納得できる部分でもあるのだが、文章が手練れ過ぎているようにも感じる。物語がきれいにできすぎているようにも思う。
しかし、一方で都知事選挙の結果などを見ると、やっぱりそうなのかと思わざるを得ない部分もある。問題は分析でもあるのだが、より重要なのは、この状況にどう介入することができるのか、自分になにができるのか、ということだということを抜きにしてはいけない。そして、状況にがどんなに絶望的でも、そこには常に希望があるということも言っておきたい。

ただ問題なのは偽物の希望もあるということ。そこをどう見間違えないようにすればいいのか。

ここで思い出したのは先日読み終えたばかりのコエーリョへのインタビューだ。
「間違った前兆の痕跡に迫っていったとしたら、それが人生を害するのではないか」という問いに、彼は「危険なのは、グルや偽りの師や原理主義が危険なのであって、他人に運命を決められるよりは、自・分・自・身・でこれが前兆だと信じたものに従って誤ったほうがいい」というように答える。

それにそって、考えるなら、希望についても偽物の希望にだまされるかもしれないが、自分でそうだと確信した希望であれば、それを常に疑い、最大限検証する必要はあるだろうが、間違うことはそんなに危険ではないのではないか。希望などないような状況を自覚しつつ、最後のところで一筋の希望は捨てないという選択をしたいと思う。

話が逸れた。次に出てくるのは彼らが疑似家族を求めているという話だ。

「親からも世間からもたいして評価されないぼくら」322pが評価される場所としての在特会の活動。

そう話してくれた元在特会の会員は冷静になって、在日の友人の厳しい暮らしを思い出し、そういう根幹的な疑問を口にしてしまったら、もう誰も相談に乗ってくれなく、敵扱いされるといおう。疑わなければ疑似家族であり続けるけれども、疑ったら許されない、脆くて壊れやすい家族」だという。同時に、それでも「活動にのめりこんでいるときは幸せだった。認めてもらえるということがこんなに気持ちいいことだとは思わなかった」ともいう。このあたりはカルトと同じなのだろうなぁと思う。

また、別の元会員はこんな風にいう。
「朝鮮人を叩き出せという叫びは、ぼくには『俺という存在を認めろ!』という叫びにも聞こえるんですね」338p


そして、339pからは増木という「保守系市民運動の草分け」と安田さんが紹介する人への取材が紹介される。
「周囲から認められたい? そんなのただの甘えにすぎん」
「愛国に名を借りた鬱憤晴らし」
「本来の保守が昆布だしだとすれば、在特会は化学調味料だな。刺激はあるけど後味が悪いんだ」
そういう彼は草創期の在特会の関西支部長だったとのこと。
「連中は社会に復習してるんと違いますか? 私が知ってる限り、みんな何らかの被害者意識を抱えている。その憤りを、とりあえず在日などにぶつけているように感じるんだな」


345pで安田さんは以下のように書く。
「奪われた」と考える者たちが取り戻そうとしているのは、日本人である自分を守ってくれる、強い「日本」なのである。



345ー6pでは、いきなり外山恒一がでてくる。
(彼は)・・・在特会に集う人々を「うまくいかない人たち」だと表現した。

 「人生とか、仕事とか、勉強とか、人間関係だとか。そうしたルサンチマンみたいなものに、在特会はきちんと手を差し伸べているんですよね。いや、言ってることはメチャクチャだと思うことが多いですよ。自分たちは左翼教育の犠牲者だとか。外国人に仕事を奪われたとかね。だいたい日本のどこに左翼教育なんてあったのか。存在していたのは文部官僚が主導する管理教育だけ・・。(略)・・、外国人に仕事を奪われたなんてのは論外。本人のコミュニケーション不足が失職の原因というケースのほうが多いはずですよ。ただ、そうした人々にとって右と左のどちらが魅力的かといえば、そりゃあ右に決まっている。いま、左翼のどこに魅力がありますか。半ば体制化した左翼よりも、アナーキーな魅力に富んだ右翼のほうが、よほど若者の危なっかしい欲求に応えている。どうせ将来の展望を見出すことができない世の中(略)。まあ、日本人の知的水準が一番低い時期に、ネットを媒介として右だけが伸張したという不幸はあるけれど」347p


そして、安田さんは現在の左翼運動が「守り」一辺倒だから勢いがなく、「変革」を希求する側に勢いがあるのではないかと書く。橋下人気もまた、そうで、「うまくいかない人たち」による「守られている側」への攻撃は一般社会でも広がっているとも。

「反体制も反権威も、いまでは右の持ち物ですよね」渋井哲也 348p
そして「左派やリベラル」がネット言論を見下したことが、結果として、大衆的、直情的な右派言論がネット空間の主流を形成したと。

戦後民主主義の価値観を守るものと壊そうとするもの、"キャラ立ち"するのは後者。351p


また、353pでは人間扱いされない非正規労働者、不安定雇用の増大。何の「所属」ももたないもののの増加。その状況のなかで「所属」を持たぬものがアイデンティティを求め、その一部が拠り所とするのが「日本人」であるという揺ぎのない「所属」。この時期から保守という立ち位置に自覚的な若者の発言が目立つようになった。それは革命への雄叫びではなく怨嗟の声だと安田さんは書く。

不安定な状況が生み出す「保守化」という名の「社会変革」が怨嗟として表現されるというねじれたパラドクス。

エピローグを残して、この本は以下のように閉じられる。
 社会への憤りを抱えた者、不平等に怒る者、劣等感に苦しむ者、仲間を欲している者、逃げ場所を求める者、帰る場所が見つからない者――。
 そうした人々を、在特会は誘蛾灯のように引き寄せる。いや、ある意味では「救って」きた側面もあるのではないかと私は思うのだ。355p



社会運動はそういう状況にどのように向き合うことができるのか。
「レイシズムを許さない」という声をあげることは大切だと思うのだけれども、それだけではだめなのだろう。

在特会に行っちゃいそうな彼や彼女に届く声をどのように持ち得るのか、


エピローグで安田さんは知りたかったから取材したという。在特会に吸い寄せられるのはどんな人か、ということを。357p

そして、反天連のデモへの攻撃の話が描かれる。そこで彼らが爽快感を得ているようだ。それが、80年代三里塚で援農をし、街頭でビラを配った安田さん本人の姿が重ね合わされる。ぼくより5歳も年下なので、たぶん、そんなことが可能だった最後の世代ともいえるだろう。

そして、再度、怖いのは在特会ではなく、それを生み出す社会だという話に戻る。

そして、ぼくが思いつくのは、できることは何かと考え、とりあえずやってみたりしながら考え続けるしかないのだろうという凡庸な答えでしかない。



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い
ナイス

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
ヘイトスピーチと法規制
2013年5月8日 4:40に(ノート)作成 「宇都宮けんじさんに聞く、市民が政治を動かす方法」 https://www.facebook.com/events/240082906132422/ というFBのイベントページにコピペしたものをこっちにも残しておきます。 ...続きを見る
今日、考えたこと
2013/05/12 06:37
『日本に絶望している人のための政治入門』メモ
誰かの書評か何かを読んで、意見がはっきり違うことはわかっていて、読み始めたのだけど、確かに『日本に絶望している人』の一人ではある。しかし、『日本に絶望している人』が読んでも、その絶望感が和らぐとは思えない。以下、読書メーターに書き残したメモから ...続きを見る
今日、考えたこと
2015/06/23 09:15

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
「ネットと愛国」メモ 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる