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zoom RSS 『総員玉砕せよ!―戦記ドキュメント』掲載のコラム紹介

<<   作成日時 : 2013/07/10 06:59   >>

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総員玉砕せよ!―戦記ドキュメント >> 文庫版のあとがきはこの初版がでた91年のものだが、この版(SHUEISHA HOME REMIX)では「あとがき」のかわりに2000年2月の文藝春秋 臨時増刊号に掲載されたコラムが再掲されていて、それがいい。
ちょっとタイプして、残しておこうと思った。
今度、田舎に帰ったら、彼の記念館で戦争マンガがどんな風に扱われているか見てみたい。



〜〜〜〜
ビンタ 私の戦争体験

                 水木しげる

 戦争というのはその場所にゆく前から日本全土をあげて興奮気味であり、ゆく本人もいつ招集を受けて"死地”におおもむくのか、分からない日々だから、落ち着いてものを考える、といった時代ではなかったようだ。

 誰でも、わずかなことに、国をあげて興奮する時代だったような気がする。バカバカしいといえば実にバカバカしかった。

 また、国をあげて国民一人一人が「国家気分」だったから、大陸で日本人が殺されたいっては大いに興奮する。まアもっとも少数の人だったのかもしれないが。

 新聞もまたどういう原因でそんなことが起こったのか、理性的に報道するとか、解説するということはなかった。

 要するに”大日本帝国”のことばかり国民のアタマにあるような感じだった。

 要するに、新聞も雑誌も”国家”のことばかりで、個人が朝おきて、糞がその位出たかというようなことは、何処をさがしてもかいてない。国民は”糞”のように無視された感じで国家と天皇だけがあったみたいだった。

 ”命がおしい”といったことでももらすと、非国民とか、危険思想の持主とかいわれる奇妙な時代だった。

 とにかく、やたらに旗をふられてさわがれ、気がついた時は南方行の輸送船の中だったという感じ。上陸すると、毎日ビンタと称する鉄拳がまっており、水木サンなんかはもともと戦争反対気分だったから、進んで穴をほったり、古兵殿をアンマしたりしない。

 従って毎日ビンタ。だから僕は戦争というとすぐにビンタを思い出してしまう。戦争で敵サンの弾にあたって死ぬまでに、初年兵はとんでくる敵弾の数の十倍位なぐられる。初年兵というのは動物のペット以下という感じだった。

 こんなところへきて、そんなことしなくてもいいのにと思うのだが、古兵はそうではない。面白くないウップンを、なぐることによって晴らしていたようだ。

(中略)

 こちらは1年も穴ほって、くたくたになっているところに、うまいもの食って体の丈夫なやつが上陸してくるから、たまらない。

 とにかく「下れ」というので退却となるのだが、なにしろ味方の倍位の人数の敵がくると、その数をみるだけでなんとなく腰が浮く。(輸送船の数で分かる) なにしと味方の三分の一は栄養失調気味の上に、水一口に乾パン一袋という感じの食事ではなかなかがんばれない。

 やはり戦争は、腹一ぱいめしを食ってるやつには勝てない。銃も重いしその弾も重い。軽機関銃なんか更に重い。そんな重いものをもって動くのは、めしを食わないことには重くて動けない。

 まァ若いから、その時はがんばれるが、間もなく、三分の一は病人になった。

  (中略)

 ・・・気がついてみた時は、兵隊は十分の一になっていた。

 幸運なものだけが生き残ったというべきだろうか。僕は今でも戦死した戦友の夢を見る。・・・毎日のようにつづくので、彼等は会いにくるのだろうと勝手に考えているが、戦争で若くして死んだ人たちは"残念”だったのだと思う。・・・(後略)


この文芸春秋のコラムはもっぱら日本の視点で書かれているが、http://tu-ta.at.webry.info/201306/article_5.html で紹介した本では、日本が侵略した国の視線も意識して書かれている。

わかりやすい部分を一部、引用しておこう。いままた、「チャンコロ」とか「チョーセン」とかいう言葉を憚らずに使うやつらが出てきていることを警戒しながら。

〜〜〜〜

『戦争と日本』という子ども向けの雑誌に書いたまんが・・・そこでは(水木サンは)ねずみ男に侵略戦争について語らせている。
朝鮮半島や中国や東南アジアにかけた迷惑の大きさに国民は驚いた、それらの隣近所とは、仲良くすべき、だとした上でねずみ男は以下のように語る。
言うなれば、「おれは強いからおまえたちの住んでいる家もおれの自由にするんだ」……と、

かってに隣の家に、土足であばれこんだようなものです。

日本刀をかざして、いきなり押し入られた家は迷惑ですネ。

戦前の日本には、隣近所と仲良くする、という考えはなかったようです。
おれは強いから「支配」するのだ、という考え方だったようですネ。

そのころは中国人を「チャンコロ」と言い、

朝鮮半島の人を「チョーセン」とよんで、

馬鹿にしていましたネ。

〜〜〜〜〜


水木サンの戦争マンガ、もう少し追いかけてみたいと思った。
そう、読むようになったきっかけは『姑娘(クーニャン)』がフェイスブックで話題になっていたからだった。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20100820/p1 に紹介がある。
まだ、読んでないのだけれども。

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