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zoom RSS 『沖縄の不都合な真実』を新潮社が出したのは?

<<   作成日時 : 2017/01/08 00:50   >>

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知ってる人は知ってる問題の本を半ばうんざりしながら、今頃読んでるんですが、 うんざりするような話も多く、こんな本、反応するに値しないという意見もあるだろうし、それには相当の妥当性もあるような気がする。
しかし、ちゃんと向き合って考えなければならない課題も少なくないのではないかと感じた。
例えば冒頭で辺野古移設阻止が実現したら、どうなるかという9つのシミュレーションがなされている
1、基地反対運動の目標がなくなる
  これはよけいなお世話だろう
2、普天間付近の住民が失望する
  辺野古と普天間はセットではないというのが反対運動の主張だ
3、辺野古区の住民の失望
  ここは考える必要がある部分だろう。なぜ、彼らの多くが辺野古移転しかないと考えるに至ったのか、そこを抜きにその失望を語っても意味がないだろう。
4、移転がなくなって海兵隊はほっとする
  そもそも沖縄にいなければならない意味が海兵隊にあるのか。隊員はめんどうなことがなくなって、ほっとするだろうが、軍隊としては、新しく整備されて軍港までそなわってる基地が欲しいのでは?
5、政府は次の移転先を見つけなければならない。
 4にも書いたのだけど、どうしても日本にいなければいけない理由はないっていう話はこの本にもあったような気がするが、政権はそう考えてないから、そこが問題。
6、基地削減・負担軽減プログラムが滞る。
 本気で政府が基地削減や負担軽減を考えていたら、こんな風に無理やり辺野古を沖縄に押し付けるかと思うのだけど、どうなのだろう。
7、基地建設の費用は節約、しかし、準備の金は無駄に
 これで強行して、残すしこりを考えたら、準備の金がなんぼのもんだと思う。
8、県と名護市は見返りが期待できなくなる。
 それも承知で辺野古に反対してるはず。
9、辺野古とその海の自然は守られる   11-13p
〜〜〜〜〜
ここに、筆者の「まず、辺野古ありき」という姿勢がはっきりでてるような気がするのだが、この上で、沖縄県民は移設断念でも幸せになれない、その複雑な沖縄を書くのがこの本の役割だと筆者は書く。

そして、次の小見出しは【「心」「平和」以外の議論を】(14p)というものだが、これはそれとして大事なことだと思う。そして、すでにそれはたくさんやられているにもかかわらず、何もやられていないかのような印象評価にミスリードしているのではないかと感じる部分でもある。

また、筆者が書くように「沖縄は一つ」ではない(19p)のは間違いなく、いまでもさまざまな利害は複雑に絡み合い拮抗してるだろう。しかし、多数派が辺野古基地にノーという意思表示をしているのは間違いない。また、そこにもいろいろな危うさがあるのは、この間の翁長知事の立ち振る舞いからも見て取れるだろう。

ここで(ぼくの知識不足からか)興味深かったのは保守本流の翁長知事が辺野古基地反対を強硬に主張したのは革新退潮の穴埋めだった(22p)という話だ。沖縄の政治状況をどこまで理解しているかわからないが、ヤマト側の政治を考えると、これはありそうな話かもしれないと思った。

知事選挙については、「はっきりしているのは基地問題をめぐる対立ではけっしてない」(22p)と言い切る。しかし、その根拠が十分に示されてるとは言えない。この直後に著者は「利権の調整や個人的な問題が絡んでいると見るのが自然でしょう」と、そこは断定形では書かれていない。

「利権の調整や個人的な問題」がないとは思わないが、基地問題をめぐる対立は明確にあり、翁長知事がそれを言わざるを得ない背景は間違いなくあった。それをたいした根拠もなく傍証だけで「ない」と言い切ってしまう政治的な意図があるのではないかと感じる(これも根拠を示すことはできないが)。

そして、沖縄の「支配階級」はいまも『一丸』となって、日本政府に対して、振興資金をめぐる駆け引きを行っており、その最大の武器が「沖縄ナショナリズム」という思潮や「日本の沖縄に対する構造的差別」という主張だという。23p

著者は喜納昌吉を持ち上げ、彼の主張にこそ問題の本質があるという。それは彼の「沖縄県民VS琉球民族の闘いだ」という主張であり、ここでいう沖縄県民とは「沖縄ナショナリズムを掲げながら補助金獲得に走る支配構造に組み込まれた人々」(23p)であるとする。

さらに知事選挙であらたに浮上した問題が沖縄に対するヘイトスピーチであり、沖縄の支配層がそのように振舞うから、これが生まれているのだと主張する。ここで、ヘイトスピーチを非難するような言説をならべているのだが、喜納昌吉の主張が受け入れられ、彼の主張が表に出れば、ヘイトスピーチが激しくなるのは明らかではないか。

このように問題を逆転させ、ヘイトを煽るような言説を振りまきながら、あたかも自分は沖縄のことを考え、人権を尊重する立場に立つというスタンスがこの本の一貫したスタイル。中途半端なロジックで人をかく乱させようとしていると感じてしまう。

著者自身の思いは知らないが、この本が出た背景にそのような意図があるのは間違いなさそうだと感じる。沖縄が抱える「振興予算依存」という弱さを攻撃しながら、一方で喜納昌吉を持ち上げるというようなスタンスで、まさにこの本で指摘されてるような日本の社会運動のトップバッターとしての沖縄の運動(154p)に対するネガティブなキャンペーンとして使われているし、そのように使われることを知った上で出版されているのではないかと感じるのだった。

この本全体から、沖縄にとって問題は「基地ではなく振興策だ」というように主張していると感じた。ぼくも「振興策」や振興策依存の問題はあると思うし、ぼく以上に沖縄の運動にかかわる多くの人がその問題には気付いている。そして、それは沖縄に象徴的に表れているが、沖縄だけの問題ではない。大都市の多国籍企業だけに富が集中し、格差が激しくなる中で、世界中の「田舎」が苦しめられている。

世界中の多くの「田舎」で自立が妨げられ、補助金や開発援助というような資金に依存する経済構造がある。そこからの脱却が問題なので、それは容易に解決できる問題ではありえない。同時に、そのことを意識し、そこからのラディカルな変革を求める営みも少しづつだが広がっている。そのような努力をこの本の著者は見ようとしていないと思うが、それは沖縄にも存在し、そのような人たちは、矛盾に苦しみながらも「オール沖縄」と呼ばれる運動に参加している。その矛盾に満ちた状況のなかで苦闘する人たちのことを無視し、『オール沖縄=旧支配層の権力争い』というような図式で描いているのがこの本ではないかと思う。

2章では基地への借地料に依存する経済の話が書かれている。これも大きな問題だろう。そして、著者が書いているように、基地が返還されれば解決できるというような楽観はできない。

返還された後の経済についての困難についての予測の部分には説得力を感じた。この本の意図がどうあれ、そこは考えなければいけない問題であり、3章で記述される、基地返還がもたらす経済効果に関する試算についても、その批判自体には妥当な部分があるのではないかと思う。

前述したように、世界全体が田舎を食えない状況に置く経済になっているなかで、ここを跳ね返すようなプランを立てることの困難はあるだろう。ここでこそ、GDPが増えることだけを念頭に置くような成長主導のありかたではなく、GDPで数える経済成長はほどほどでも、人々が気持ちよく暮らせるようなオルタナティブの提示が求められているのではないかと思う。

順番は前後するが、2章の後半68p以降では沖縄が親米反日であると描かれている。確かにこの間の日本政府のひどいやりかたへの不満は大きいし、近親憎悪的な部分も小さくないだろう。だからと言って、沖縄の多数派がいまの米国のあり方を肯定しているとは思えないのだが、表面的ないくつかの証拠から、沖縄の人は親米だと決めつけるような記述も気になる。

また、111pからの部分では目取真俊さんを持ち上げる。彼の主張をちゃんと読めば、このような本ができるはずがないと思うのだが、彼が沖縄の内部にも厳しい目を向ける、そのことをこの本は搾取している。

(ここから先もそれなりに長いメモを書いてたつもりだったのだけど、フェイスブックのノートで書いていて、途中で自然にセーブされてるから安心だと思ってたのに、みんな消えてしまってショック、思い直して、少しだけ書き足してみよう)

162pには1996年の沖縄の県民投票について「の連合が組織を挙げて支援した」とあるのだけど、にわかに信じられない。ほんとうに連合にそんな歴史があったのか、当時のことを知ってる人がいたら教えてほしい。

9章は「構造的沖縄差別論批判」
知念うしさんと野村浩也さんが俎上にあげられ、批判さえている。新崎盛暉さんの名前も同時に挙げられているが、彼については触れられない。批判しやすいところに飛びついた感がぬぐえない。ぼくも知念うしさんへの違和感はないわけではないが、
この両者が差別の重層性に触れない、と書かれているのだが、ほんとうにそうか? 彼らが書いてるものを読んでいるわけではないので、知らないが触れていそうな気はする。

また、通底している公務員バッシングなども通俗的な底の浅さを感じる。たとえば、あとがきではこんな風に書かれている。
筆者二人とも「沖縄批判」はしていません。既得権益を守る公務員を中心とした「沖縄の支配階級批判」をしています。民族主義的な沖縄権力への批判がこの本の狙いです。215p
既得権益の中心が公務員だとしたら、それって小さな利権だなぁと思う。公務員は攻撃しやすいのだろうけど、沖縄の既得権益の中心はもっと別のところにあるんじゃないか?

オスプレイについてはこんな風に書かれていて、反対運動をかく乱することにはたけてる、と思う。
先島と沖縄島に自衛隊を配備し税金の還流装置を続けようとするこの巨大な計画に比べたら、老朽化した海兵隊のヘリCH−46の後継機種がオスプレイだという問題は、問題のうちに入りません。(50-51p)
それもこれも大きな問題だ。

繰り返しになるが、一貫しているのは筆者たちの、自分たちは沖縄の味方で心配してるから書いているのだ、というスタンス。それがどこまで本気なのかわからないが、この本に書かれていることが沖縄の反基地闘争批判に安易に使われ、そのような背景があって新潮社は出版し、沖縄ヘイトに簡単に転換することは想像に難くない。

それにしても、新潮社の意図は、彼らが週刊誌などで主張してきたことを考えれば、沖縄のめざわりな運動にダメージを与えたくて、彼らを抜擢したか、彼らの売り込みを受け入れたということだと思うのだけど、【『沖縄の不都合な真実』が出版された不都合な真実】を誰かに書いて欲しい。

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