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zoom RSS 「左翼は再生できるか」って言われても

<<   作成日時 : 2017/04/02 22:51   >>

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「研究所テオリア」からの原稿依頼があって、2月に書いた原稿(3月号に掲載)。白川真澄氏のブックレット、『左翼は再生できるか』の感想文。もう4月号が出るころなので、ブログにも掲載、小見出しは編集部がつけてくれた。
次の季刊ピープルズプランに、天野恵一氏による、これへの根本的な批判が掲載される予定。期待して購入してください。

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「左翼は再生できるか」って言われても

違和感と問題意識

 「ハードなタイトル」という第一印象で、「左翼は再生できるか」って言われてもなぁと思ったのはぼくだけじゃないはず。そんな問いが出てくることは白川さんも百も承知で冒頭の「はしがき」で、「左翼」という呼称でなければならないとは主張しないと書く。

 「個別のイシューでの抵抗や運動にとどまらず、現存する社会の仕組みやあり方に強く異を唱え、別の社会の仕組みやあり方を希求する政治的潮流が不可欠」で「右翼や保守や新自由主義の勢力に対して、個別の課題を横断するつながりを形成し、原理・原則をもって対抗し続ける社会的勢力」があればいいというわけだ。ま、こういうことなら必要かもしれない、とぼくも思うが、このような勢力が白川さんがこだわる「左翼」とのこと。

 確かにぼくもその一人(いいかげんな左翼だけど)だと、他者から規定されれば否定はしないけれども、そろそろ「左翼」とか呼ぶ必要のない時代にきているんじゃないかとも思う。そんな違和感についてまず書き留めておきたい。

 とはいうものの、社会をラディカルに変えなければならない、そこでは参加型の民主主義や地球レベルでの人びとの生存権や最大限の自由の保障が必要で、さらには地球の持続可能性も考慮されなければならず、地球規模の社会運動が必要だというのは、その通りだと思う。だから、とりあえず名称にはこだわらず、そのような運動がなぜ成立しないのか、とりわけ日本でダメなのはなぜか、どうしたらいいのか、という強い問題意識は共有できる。

3つの特徴

 序章は政治学を学ぶ空想の学生・沙織さんとの対話。ここで、白川さんは日本の左翼の特徴を定義する。(この沙織ってネーミングが70年代と思ったのだけど白川さんは最近の生徒の名前から借用したとのこと。親の青春が南沙織時代だったのか、ともあれ、その沙織さん、発想もなんとなく70年代風なので、ここはいまどきの学生の力を借りたらいいのにと思った。しかし、よく考えたら白川さんはいまでも若い人に教えてて、若い学生の感性に触れる機会はぼくより多いはず。)

 余談が長くなってしまったが、その日本の左翼の特徴とは
1、憲法9条を拠り所にする反戦平和主義へのこだわり。
2、経済成長主義と真正面から対抗しきれず、それを受け入れたこと。
3、マルクス主義に強く依存していたこと
 この是非について書くだけで紙幅がつきてしまいそうだが(ぼくには書けないけど)、これはほんとうに日本の左翼の特徴といえるだろうか?
 しかし、この3つ(の最初の二つ)について書いてみると、そこから見えてきたことがあったので、以下では、それにそって感想を書いてみたい。

「暴力の問題」

 1の反戦平和主義は現在、確かに特徴として存在していると言えるだろう。そして、世界のほとんどの左翼が反戦平和主義。だから、日本の左翼の特徴は「憲法9条を拠り所にする」という部分だろう。それを「軍隊を持たない非武装・非暴力の平和主義」と呼ぶこともできるかもしれない。

 ここに関して、この本の戦後の運動史にもあるように、日本の左翼の大きな潮流が一貫してそうであったわけではない。6全協前の共産党はもちろん、80年代までの新左翼の多くも原理的に9条を拠り所にしていたわけではなかった。戦術的に9条改憲反対を唱えていただけだろう。武力を用いる軍隊は革命に不可欠で、ラディカルな社会変革は武装闘争抜きには語れないと多くのコミュニストは考えていた。そこが総括もないまま、「9条を拠り所にした平和主義」になんとなく移ってしまっているところに大きな問題があると思う。

 白川さんは本文の中でも暴力をどう考えるかということに触れて1節書いているが、「いまなお未決の大きな問題」だとして、問題を提起したところで終わらせてしまっている感もある。この暴力の問題を、白川さんが特徴としてあげている「9条を拠り所にする平和主義」との関係で整理し、60年代〜80年代の運動を担った世代がしっかり総括することが必要なのではないか。そのような営みがなければ、この「9条を拠り所にする平和主義」も簡単に崩れてしまう危険がある。ただ、他のほとんどの左翼がその歴史をないかのように振る舞っている中で、そのことをとりあげているという1点で白川さんはエラい。

切り込みが弱い部分

 2の「経済成長主義と真正面から対抗しきれず」という部分だが、これは日本の左翼だけの特徴ではなく、世界中の左翼の主流派はその立場ではないか。緑の党などのエコロジスト潮流の中でも果たして、主流と言えるかどうか(このあたりについての現在の世界の緑の党の主張については誰かに調べて欲しい)。

 また、左翼とエコロジストの関係をどう総括し、これから、その二つの潮流をどう合流させるか、という問題意識も納得できるものだった。ぼくのおぼろげな記憶では白川さんたちの政治グループが早くから赤と緑の合流を主張していて(と思っていたら、白川さんは季刊ピープルズ・プランに掲載された塩川喜信さんの追悼文に始まりとしての85年の「社会主義理論フォーラム」の話がでていた)、いまはトロツキスト潮流の人も地球の持続可能性などの問題に正面から向き合わざるを得なくなっているのだろうが、ここは問題を「経済成長主義」に切り縮めるのではなく、近代化・開発主義・サブシステンスなどとからめて、語られることが必要な部分だと思う。

 相模原障害者殺傷事件を受けて、人が生存する権利を再確認する必要があると考えている。去年、ダンスといっしょに流行した歌で星野源さんは「意味なんてない、暮らしがあるだけ」と歌うのだが、"Doing"の価値が強調されてきた近現代を見直し、"Being"の大切さをきっちりとらえるというような視点から、開発や成長を是とする社会のあり方の連関にまで踏み込んで議論する必要があるのではないか。このあたりについての切り込みも、このブックレットの議論は少し弱いと感じた。

 白川さんは結語部分で「脱成長こそ、反資本主義の主要な中身の一つ」と主張するのだが、このあたりには従来のマルクス主義理解からの大きな転換も含まれているはず(これは白川さんが特徴としてあげる3つめの問題だろう)。脱成長的な主張は世界のいろんなところで芽生えつつあり、地球の持続可能性を考えれば、当然に出てくる帰結でもあると思うのだが、その主張は小さな部分をなかなか出ることができない。

次に挑戦してほしいこと

 個人的な思いで言えば、そのような思想が必要で大切な思想だという話は聞き飽きて、耳にたこができそうな感じでさえある。白川さんには、ぜひ次のパンフレットで「なぜ、それは小さな部分に留まって、そこから抜けることができないのか、どのような戦略でその存在を示していくことが可能であり、いまの主流の経済と対抗することが可能なのか、そのようなラディカルな社会変革を可能にする条件は何か」というようなことに挑戦して欲しいと思った。

 ちなみにサテシュ・クマールさんはその戦略について、メインストリームはタイタニック号のように、中でパーティーを続けながら、氷山に向かってまっしぐらに進んでいて、いずれぶつかって沈没する、それは回避できないのだから、その危険を理解した人ができるだけ救命ボートをたくさん作って、メインストリームの流れから、外にでるしかない、というようなことを言っていた。もう10年くらい前の話だけれども、戦略の話としては、ぼくはそれくらいしか聞いたことがないのだが、果たしてそれでいいのかどうか、そんなこともこれから白川さんたちと一緒に考えていきたいと思っている。
(ピープルズプラン研究所運営委員/原爆の図丸木美術館/大田福祉工場)

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