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zoom RSS 『反省させると犯罪者に』なっちゃうのかな?(ほんの紹介7回目)

<<   作成日時 : 2017/12/19 07:14   >>

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2016年9月に「たこの木通信」に書いた原稿。改行位置など変更。最後に少しだけ補足
〜〜〜〜 

今回、紹介するのは『反省させると犯罪者になります』岡本茂樹著(新潮新書)

 で、反省させると犯罪者になるのかって話ですが、なりません。そういう意味では煽りのタイトルですが、読み始めると目から鱗がヒラヒラ落ちました。

 いままで生きてきて、反省を迫られることは多かったですし、また、迫ることもありました。ぼくの反省も続かないことが多かったですし、ぼくが反省を強いた人も同じことを繰り返しました。どうしてそうなのか、というのもこの本のテーマです。

 とりあえず、自分が反省させられたことは隠して、反省を強いた時のことを書きます。障害者の就労支援とかにかかわり始めて、そういう場面はあるのです。知的障害の男性が女性のおっぱいを触ってしまいました。彼は志村けんのバカ殿を見て、マネしてしまったとのこと。

 そんなとき、どうすればいいでしょう?
(少し考えてみてください。

















ここでは被害女性の回復については触れていません。それはいちばん大事な話なのですが。)




 こんな状況で、いきなり反省を求めるのは効果的な反省を生み出さない、というのです。必要なことは、反省を求めた相手が、どうして、そんなことを繰り返すのか、ということを、まず、自分で考える契機を与えること。ゆっくりと相手に向き合って、相手の言い分を否定しないで、加害者としての感情を引き出すことが大事で、そんなプロセスを経ないで、ただ反省を求めても、作文の能力が向上するだけだというわけです。そんな反省の求め方がいろんなところでやられているし、ぼくもそうしてきたのでした。

以下、抜き書きしながら考えたこと。

・・・こうしたことが何度も繰り返されるなら、本人が向き合わないといけない内面の問題があるかもしれません。それなのに、ただ反省させることを繰り返すと、ますます内面の問題が分からなくなるばかりか、かえって大きな犯罪を・・・4p
反省させてもかまいませんが、条件があります。反省させる以前にしなければいけない「大切なこと」があるのです。
5p


 そして、著者は犯罪者に反省を求めない授業や面談を進めると、「彼らの多くが反省し」(6p)矯正不可能と判断された受刑者も信頼関係をつくり、ちゃんとした手順を踏めば、矯正不可能ではないと書いています。その手順とは反省を求めないこと(8p)。罪を犯したその加害者が、被害者を傷つけたのは、どんな理由だったのか、被害者に対して、どんな否定的感情を持ったのか、それをまず、相手を否定しないで話させることが重要だといいます。40p

 主題はすぐに「反省させることの害悪」です。著者は問題行動を必要行動と捉え直す視点を持ち、「手厚いケア」をして欲しいといいます。直後に反省文を求めることは、そのときはなんとかなっても後に禍根を残すというわけです。

そして、134pの以下も興味深かったです。

 
再犯しないためには、「二度と事件を起こしません」と固い決意をすることよりも(固い決意も必要ですが)、何より人に頼って生きていく生き方を身に付けることです。そのことだけでも理解できたら、再犯しない可能性が高まります。 
   人に頼ること、大事だよなぁ、と思います。自立とは依存先の多様性を持つことだと最初に言ったのは中村尚司さんでした。いまは内田樹さんや熊谷晋一郎さんが言っていて有名ですが。

出所後の「幸せ」について

 受刑者は出所後、「被害者は自分を許すことはない」ということを胸に刻んで生きなければならないのですが、同時に、彼らが更正するためには「幸せ」にならなければならず、それは彼らの「責務」でもあると著者はいいます。「人を殺した人間が幸せになるなんてとんでもない」というような批判も想定した上で、実は幸せになることこそ、更生と関係があるというのでした(129p)。それにつなげて、以下のように書かれています。
 なぜなら人とつながって「幸せ」になることは、「人」の存在の大切さを感じることになるからです。そして、人の存在の大切さを感じることは、同時に自分が殺めてしまった被害者の命を奪ってしまったことへの「苦しみ」につながります。皮肉なことに、幸せを感じれば感じるほど、それに伴って、苦しみも強いものになっていきます。129-130p

 さらに著者は元受刑者に「支援者」になって欲しいと書きます。生きることに苦しんでいる人に対して、人の命の重みを知っている元受刑者だからこそできることがあるのではないか、と。そして、そのことによって元受刑者たちも自らが存在していることの意味を実感し、「自分が生きていてもいい」と思えるのだ、というのです。

 137〜141pでは、著者は刑のあり方として、自分の生い立ちから事件に至るまでを内省させることには賛成だと書いています。その手順として自分が迷惑をかけられたことを表現することから始めます。そんな風にネガティブな感情を表に出すことを肯定していくことから始めることで、受刑者に受け入れられているという感情をもたせることができるのかもしれません。

 また「しつけ」がいじめにつながるという157pの記述も、確かにそういうことがあるかも、と思いました。きちんとすることを強制されているこどもはきちんとできない子どもを許せず、いじめに向かうということはありそうです。(ぼくがきちんとしてないことの言い訳に聞こえるかもしれませんね(笑))

 さらに、問題行動があったときに、子どもに対して正論を吐くことが子どもを黙らせてしまう危険についても書かれています(187p)。まず、子どもがどうして、そのような問題行動に走ったのか、そこを正直に話してもらうことが必要みたいです。なかなか難しい話ではあります。このあたり『支援』にも通じる話だろうな、と思います。ついつい、問題行動にイラッとして、注意してしまうことが先に来がちですが、ひと呼吸おいて、彼や彼女がどうして、そんなことをしてしまったのかを彼や彼女の口から正直に話してもらうようなことが必要だというのは『支援』にかかわる多くの人感じていることではないでしょうか。

 この本、タイトルはセンセーショナルなのですが著者は徹頭徹尾人間の可能性を信じていると言えるかもしれません。人間が変わるために、事件後すぐに反省を求めるのではなく、なぜ、そのような行為にいたったのかということをちゃんと表出させることが必要だという意見はとても説得力のあるものでした。そして、それは本当の反省を獲得させるために必要なことなのだと思います。

 なお、この本の著者の岡本茂樹さんは昨年、亡くなったそうです。記録を見ると、ぼくとほぼ同世代の方でした。一度、お話を聞いてみたかったのに残念です。  
〜〜〜〜〜〜〜

たこの木の原稿はここまで


この本の読書メモは
http://tu-ta.at.webry.info/201312/article_1.html
で、ほぼこのメモからの引用なので、重複してますが、こっちには本のHPのリンクなどもあります。



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