今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS OCNet 25 周年を振り返って(その2)(2018年1月発行OCNet通信掲載)

<<   作成日時 : 2018/04/11 04:58   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「OCNetのこれまでと、今後について」というテーマでのニュースレターへの原稿依頼が来た。
ぼくには資格がないなぁと思いつつ、古いことを知っている人も減っているので、引き受けることにした。
ちなみに OCNet http://www.ocnet.jp/ とは
『OCNetは1992年に設立されたNGO団体です。言語、文化、習慣などさまざまに異なる人たちと普段の暮らしの中で交流できる場を作り出し、広げていきたいと考えています』というような団体


OCNet 25 周年を振り返って(その2
(その1は鈴木洋子さんが書いたものです)

1、はじめに

 洋子さんに続いて、2回目として原稿依頼を受けました。いま、残っている会員で数少ない昔のことを知っているひとりとして、書くべきだろうなと思って引き受けたものの、洋子さんのように素敵な話は書けそうにありません。そして、このところ、具体的なプロジェクトとしては、ほぼ何も関わっていないのですが以下に感じたことを書かせていただきます。また、そうとう昔のことを、資料もない中、おぼろげな記憶で書いているので、記憶間違いもあるかと思います。ご指摘していただけたら、幸いです。詳しく知りたい方はOCNet通信のバックナンバーが事務所に保管してあると思いますので、ぜひ、読んでみてください。

2、OCNetのはじまりの頃

 1992年に始まったOCNetには前史があります。出稼ぎの外国人労働者のための健康・労働相談という単発のイベントだったと思います。そして、恒常的な団体を作ろうということでOCNetができました。担っていたのは鈴木昭彦さん以外はほぼ労働組合などの活動家で男臭いメンバーだったと思います。作る過程で日本語に困っているという話があり、日本語教室をつくることになりました。そこでスカウトされた日本語の先生が関根うしほさんで、ぼくが記憶しているかぎりでは、彼女が最初の女性スタッフでした。いまは理事が全員(?)女性というOCNet、そこにひとつの時代の移り変わりが見えるかもしれません。

 ぼく自身は、当初はそんなに関わっていなかったのですが、ニュースづくりなどで次第にかかわるようになりました。90年代、ぼくも含めて、まだそれなりに若かったので、ぼくより若いスタッフといっしょにニュースを作るたびに徹夜をしていたのも懐かしい思い出です。みんなでわいわい言いながら、ニュースを作るよりも話をしてる時間が長かったような・・・。その頃、若者だったメンバーもいまやすっかり中年男女。ぼくは初老ですが。

 OCNetができて、すぐに日本語教室が活動の中心を占めるようになりました。最近来た人は知らないでしょうが、当時は、いまはマンションになってしまった大田の教組会館を借りていました。洋子さんが前の号で紹介している川俣さんの事務所が大田教組会館の2階にあって、そこを間借りしていたのですが、OCNetは、庇を借りて母屋を乗っ取るように、2階の事務所だけでなく、3階の会議室もほぼ占用するような形で使うようになっていました。大家の大田教組の皆さんもかなり大目に見てくれたと思うのですが、ときどきやりすぎを指摘されることもありました。ちなみに洋子さんは前号の記事で「地区労働協議会(当時は川俣委員長)の方々との協力を元に」と書いていますが、正確には、川俣さんが議長をやっていた大田区労働組合協議会(大田区労協)のメンバーはほぼ関わっていなくて、立ち上げのメンバーのほとんどが大田区内で活動する『旧新左翼系』(わかりにく表現ですね)の労働運動出身の活動家たちでした。

その頃、事務局を支えてくれていたのは山田さん。彼が日本語を勉強しに来ている外国人も含めた初期のOCNetのまとまりを作ってくれたのではないかと感じています。また、イラン人の学習者から母のように慕われていた吉野さん、ぼくたちは陰で「ペルシャの母」と呼んでいました。岡田さんもまた、その頃の日本語教室やニュースの発行などを支えてくれていました。その頃は木曜日のたびに教室終了後、近所にあった「歓迎」に行ってました。そこのママさんは元日本語教室の生徒でもあり、いっしょに店をやっていた夫のYさんは今も蒲田の西口駅前のアーケードに場所を移して、「歓迎」を続けています。また、当時は平和島での「おおたフェスタ」が始まった頃で、OCNetは競艇場の大屋根の下のステージが見えるかなりいい場所を与えられていて、秋の一大イベントでした。

3、21世紀になってから

 21世紀なってすぐの頃でしょうか、なにかのはずみでぼくが、OCNetの代表をやっていた時期がありました。引き受ける人がいなかったのと、ぼくがいいかげんだから引き受けることになったのですが、結局、役に立たなくて、その後、すぐに鈴木さんが代表になります。

 ぼくが代表の時代の思い出は、大森高校定時制との出会いです。当時、大森高校の定時制の先生だった角田さんから電話がかかってきて、文部省が学校とNPO等との連携プロジェクトを募集しているが、応募していいか?締め切りは数日後、というような話でした。角田さんとは信頼関係もできていたので、たぶん大丈夫と返事をしました。それがOCNetと大森高校定時制の本格的な連携の始まりでした。

 最初の年の国際理解週間というイベントでは、ほぼ1週間、1時間目を除くすべての時間を使って特別プログラムを組みました。そこで活躍してくれたのが、いまは大田区の観光協会にいる小関さんでした。大森高校定時制のプロジェクトは角田さんがいなくなってから数年で消えることになってしまいました。

 その後、角田さんが移った小山台高校定時制でのプロジェクトにかかわりますが、ここも角田さんの移動後、しばらくしてなくなってしまいます。ただ、角田さんの努力もあり、小山台高校定時制には、多くの外国ルーツの生徒が集まるようになり、日本語の取り出し授業などの取り組みも充実していました。その後、東京都教育委員会から4つの定時制の廃課程の発表があり、小山台高校もその対象になってしまいます。いまはその廃課程に抵抗し、小山台で行われてきた外国ルーツの人たちの定時制ならでは高校教育の内容をどう残し、さらに充実させていくことができるかというプロジェクトに参加しています。また、現在、大森高校定時制に多くの外国ルーツの生徒が入っているにもかかわらず、フォローがあまりなくて困っているという話も聞いています。

 ぼくが代表をやってた頃か、やめてからか、とにかくその頃関わっていたのが木曜クラスでした。その頃のOCNetは夜のクラスは月・水・木の週3回で、月水が連携して「みんなの日本語」(という名称のテキストだったと思います)をやっていて、木曜日のぼくが受け持っていたクラスでは「生活漢字」というテキストを使っていました。このテキストは町屋日本語教室のメンバーが作ったものです。ここに出ているいくつかの漢字をフレイレがいうところのコードに見立てたりしながら、教案をOCに向かう自転車の上で考えるというようないいかげんな授業をしていて、結局、いろいろあって木曜クラスを閉鎖することになったのでした。そんなこんなで、ぼくが関わっていたものはどんどん終わって、いまは具体的に関われないでいるという現状です。

4、OCNetのこれから

 こんなぼくですから、「これから」について、何かをいう資格はないので、書きにくいです。以下は自分でできることではないのですが、期待したいことを書かせてもらいます。OCNetのミッションは外国にルーツのある人たちが生きやすい社会を作ることだと思います。そこにつなげるための一人ひとりとの関りなのではないかと思います。外国にルーツを持つ彼や彼女が抱える生きづらさの多くは、彼や彼女個人ではなく社会が作り出しており、そんな社会を変えていくという視点が必要とされています。日本語教室では単に日本語の読み書きを「教える=教わる」ということではなく、そのことを通して学習者だけでなく、スタッフもエンパワメントされているという視点もまた必要なのではないでしょうか。ここでエンパワメントは森田ゆりさんの定義を参照して「一人ひとりが自らの素敵さに気づき出会うプロセス」という意味で使っています。必要なのは日本に来た彼や彼女が日本社会に順応することではなく、それぞれの輝きを失わずに生きていける可能性を探すことではないかと思います。そういう意味では彼や彼女の母語や母文化を知り、尊重できるような取り組み、あるいはそのような取り組みを行っている団体との連携も必要とされているのでしょう。先日、放映された「バリバラ」でも、そんな例は紹介されていました。

 こんな風に気軽に書いてしまいましたが、書くのは簡単でも行うのは容易ではないでしょう。結局は、こんなことをイメージしながら、やれることをひとつずつやっていくしかないのが現実だと思います。

〜〜〜〜〜〜〜
先日、放映された「バリバラ」というのは以下に紹介があります
“外国ルーツ”の子どもたち
http://www6.nhk.or.jp/baribara/lineup/single.html?i=462

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
OCNet 25 周年を振り返って(その2)(2018年1月発行OCNet通信掲載) 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる