「平和博物館と/の来歴の問い方」メモ

平和学会で「立命館大学国際平和ミュージアム紀要」の抜刷をもらった。

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「平和博物館と/の来歴の問い方―立命館大学国際平和ミュージアムの背負い込んだもの―」
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概要については、ここにある「研究会のお知らせの文章」がほぼ言い表しているように思う。以下に引用
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 概要: 1990年代以降、「戦争の記憶」を語る場としての博物館という認識と言及はすでにそれなりに定着しているように思われる。
だが、では平和博物館と呼ばれるミュージアムにおいて、具体的には何が問題で、どのような課題が存在しているのか。その検討のためには個々の平和博物館の状況が検討されねばならない。本報告では、報告者が実際に展示換え作業に従事した「立命館大学国際平和ミュージアム」を事例として、現代日本において平和博物館の課題を語ることについて考える。
その際、「来歴を語る」という視角と、平和博物館の独自性の在り処を検討する「平和博物館論」としての視角とを重視する。

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んで、今日メモしておきたかったのは、この論文のいちばん最後の部分。

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 「国民的歴史体験」として戦争体験を語るのではなく、それとは異なる戦争体験の語り方の模索――それは、ある具体性を持った遺品=15年戦争にいける具体的な人の(不条理な)死と、いまここに生きている私とのあいだに、自分とは無関係のはるか彼方の出来事として取り扱うのではないような、いかなる関係性を構築することができるのかという模索である。そしてそれはKMWP(立命館大学国際平和ミュージアム)1館のみが抱えている課題ではないはずである。
==ここまで==


戦争や原爆の記憶を喚起する装置。その展示が現在と切り結ぶこと。それぞれがいま生きている場所を揺するようなインパクトを持ちたいと展示する側の人間は考える。展示物の叫びを、一人ひとりの表面を超えたコアな部分に届けたい。過剰なテキストは「押し付けがましい」と感じられてしまいがちで、それは逆効果であり、一方でテキストが不足していれば、展示の意味がわからない場合も少なくない。

また、発信したものが響くためには、受ける側の共鳴装置の問題もある。共振できるようになるための準備も必要かもしれない。しかし、ミュージアム側にできることは基本的にその場に限定される。(そう、基本的にと書いた。そう、ミュージアムのスタッフや展示が箱からでていってできることもある。それはそれで大切なことなのだろう。)



ともあれ、いろいろな試行錯誤の経験を共有することは意味があることになるのだろう。そういう意味で、それぞれの場所での経験が語られることは、とても大切なことなのだろう。

そんなこんなを考えさせてくれる論文だった。

初対面の福島さんに感謝。



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