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zoom RSS 相模原障害者殺傷事件2年後の朝に問いをたててみた

<<   作成日時 : 2018/07/26 06:49   >>

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(2018-7-26 ウランバートルにて)

2015年に書いたレポートを以前、ブログに掲載していて https://tu-ta.at.webry.info/201604/article_5.html それを偶然、読み返し書き足したくなったのが以下。少し加筆訂正。

〜〜〜〜
これを書いたときと比べると、グループホームはそれなりに増えている。しかし、支援者をつけての暮らしはなかなか増えない。それが選択肢としてどれだけ提案されているか、おぼつかない。
その状況を変えたいと知的障害者自立生活声明文のキャンペーン https://jirituseikatu.jimdo.com/ に関わっていいて、少しづつは知られてはいるものの、「少しずつ」はまだまだ、「少しずつ」だ。

これを書き始めて、気がついたのだが、今、この時刻は、2年前、わけのわからない大事件が起きたという報道がされ始めた頃だ。そして、多くのことがこの2年間、語られてきた。真摯な議論が多かったと思うものの、Web上にはU青年に賛同を寄せる人もそれなりにいる。

いろいろな方向から、問われなければいけない課題は、少しずつであれ、明確になっているようにも感じる。

【1】被害を受けた人たちは、なぜ、あそこで暮らすことになったのか? なぜ、住み慣れた地域で、暮らし続けることができなかったのか? これは直後に渡邊琢さんが提出した問いであり、多くの人が考えてきた問いでもある。

【2】加害者はなぜ、あそこで何年も働いていたのに、言葉が通じないことをコミュニケーションが取れないと思うようになったのか? そしてなぜ、コミュニケーションの取れない人は殺すべきだと、今でも主張しているのか?
(正確さを期せば、どちらが先かはわからない。殺すべきという結論があって、コミュニケーションが取れないことにしたという可能性も否定できない。また、U青年自身が言語以外のコミュニケーションをとっていたことを指摘され、今は気がついているかもしれない。ただ、今となっては自分の論理を貫くためにそれを肯定できないかも)

【3】言葉にする・しないは別にして、U青年と同じように重度の障害者が生きている意味がないと考えている人は、それなりに存在するという事実にどう向き合うことができるのか? 実際に人にナイフを向けるという極端な行為は、誰もがそうするわけではないが、U青年が賛同者はいるはずだと考えうる社会が存在した。その社会がもつ意識と自分は無縁であり得るのか?

【4】雑誌『世界』(2018年8月号 岩波書店)に渡邊琢さんが書いているように、人から言葉を奪う管理された生活空間が存在している。ここで紹介されている事例は津久井やまゆり園だが、おそらく、そんな空間は他にもあると思われる。大規模収容施設はもっともそうなりがちな環境だと思う。しかし、それだけではない。グループホームも運営方法によってはそんな場所になる危険を包含しているし、極端なことを言えば、支援者付きの一人暮らしもコーディネータや支援者次第でそうなる危険を持っていると言えるかもしれない。
1や2の問いに関連するが、そのような場をどうなくすか?


そして、ここで立てた問いについて、一人でも多くの人に考えて欲しい。



まずは考えて欲しい。






ぼくが考えたこと

【1】への答えはそれなりに明確だ。当時も、そしていまも、重度の知的障害がある人が地域で生活するという選択肢がとても少ない。それが可能だということを、まず知ってもらうこと、そして、その条件を整備すること。


【2】なぜ、彼がそのように考えるに至ったのか、ぼくは彼の成育歴よりも、そう思うに至らしめた社会・職場の問題として、考えたい(川本隆司さんがサンデー毎日でそんなことをを書いてたのを思い出した)。(注) 津久井やまゆり園という彼のいた職場では障害理解に向けたどのような教育が行われていたか。そもそも津久井やまゆり園が何を目指す場所かというミッションはあったのか、あったとすればそれは何だったのか、明示され、教育されていたのか。この間、県などで行われてきた検証作業では、そのあたりはどのように扱われているのだろう。また、やまゆり園自体がそこを切開し、検証していく必要があるのだと思う。

【3】に書いたように「障害者はいらない」と考える人が存在し、そう思わせる社会がある。インクルーシブな環境が必要だという根拠がここに(も)ある。障害のある子どもはそれが発見されると間もなく地域から切り離される。つまり、療育だ、特別支援だ、放課後デイだ、福祉的就労だと多くは切り離された場所が準備され、消費するよう仕向けられる。(そのすべてが不必要だとは思わないが)その分けられた状況を変えることが求められている。つまり、求まられているのは、よりインクルーシブな社会の実現だ。それは具体的に言えば、その子どもに必要とされる合理的調整(一般的には合理的配慮と訳されている)がインクルーシブな場所で行われなければならないということだ。「療育」が必要な子どもに、その多くは地域の保育園や幼稚園で行うことができるのではないか? また、障害のある子どもに必要な教育が普通に学区の学校というだけでなく、普通級で行われる必要がある。また放課後には地域の児童館や学童保育所、学内の放課後クラブで必要な配慮を受けられるようにしなければならない。そのための人の配置や専門的な技能を持つスタッフの養成も必要となるだろう。福祉的就労に関しても、支援する・されるという関係を超えて、ともに働く場として構築される必要がある。
 その人の能力によって生きる価値があるとかないとか測られるのではなく、生きていること、生存していることそれ自体が受け入れられ、あるいは祝福されるような社会に向けて、舵を切るためにできることを重ねていくしかない。 そして、「障害者は殺すべきというロジック」と「生きていることそれ自体は認められない、何かしていなければ認められない社会」はつながっており、さらにそれと自分が地続きの存在だということを考える必要もあるのだと思う。

【4】については、、二つの方向でそんな環境をなくすことが問われている。一つは、言葉を奪うようなことになりがちな大規模収容施設自体を物理的に少なくしていくこと。もちろんそのための受け皿を作ったり、自らが生まれ育った(あるいは選んだ)地域で生きるという選択を可能にするさまざまな条件をていねいに作ることが前提だ。 そして、もう一つの方向は、いまは形として、大規模収容施設であっても、一人ひとりにしっかり関れるだけの意志を持ったスタッフが十分に存在し、言葉をなくすというようなことがないような状態を作ること。そのためには昼間活動する場所は施設の外にあったほうがいいように思う。収容施設に集めて、効率よく管理するという発想を離れる必要がある。一人ひとりの思いをくみ取り、社会と切り離されることなく、その人にあった最適な暮らし方を模索し、それを実現できる場にする。それは山田由美子さんが書いているように、通過型の場所にしていくということと重なるかもしれないし、この2つめを目指すことは、自然と大規模収容施設の縮小に向かうことと重なるような気がする。


2018年7月26日朝、ウランバートルのホテルでそんなことを考え、文字にしてみた。これから、まだまだ考え続けることが必要なのだろう。


注 サンデー毎日2016年8月28日号
「共生・共存の正義」(川本隆司さん談)から部分引用
 植松容疑者による事件は、死傷者の数の多さや猟奇性、あるいは本人の特異なキャラクターにばかり注目が集まっているようですが、それはあまりに一面的な見方です。事件は一過性で例外的なケースではなく、社会のひずみを端的に反映している症例だと受け止めた方がいいでしょう。

 容疑者は犯行前、「障害者は不幸を作ることしかできない。税金の無駄遣いだ」と話していたそうです。そして、愛する日本国、全人類のために障害者を抹殺する行為が、正義にかなうと思い込み、犯行に至ってしまいました。

 そんな誤った正義感を彼が抱くに至った経緯に関して、本人のパーソナルヒストリー(個人史)を興味本位で暴露して終わりにするのでは、事件の核心に迫れません。事件の背景をなす社会や時代について深く考察し反省すべきです。



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