「(仮称)おおた教育ビジョン素案への意見」

「(仮称)おおた教育ビジョン素案への意見」

https://www.city.ota.tokyo.jp/gikai/honkaigi_iinkai/iinkai/iinkaishiryo/h_31/kodomo/310222_25kodomo.files/12_kodomo310222_25.pdf
で求められていたので、以下のように送りました。


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【必要記載事項】
1 件名 「(仮称)おおた教育ビジョン素案への意見」
2 氏名 tu-ta
3 住所 大田区***





「(仮称)おおた教育ビジョン素案への意見」



1、インクルーシブ教育の視点の欠如

日本政府が批准した守ることを義務付けられている国連障害者の権利条約の教育の項目には以下のように書かれています。
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 締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
(a) 障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
(b) 障害者が、他の者との平等を基礎として、自己の生活する地域社会において、障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができること及び中等教育を享受することができること。
(c) 個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。
(d) 障害者が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を一般的な教育制度の下で受けること。
(e) 学問的及び社会的な発達を最大にする環境において、完全な包容という目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられること。
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(a)~(e)に関しては確保されているとは言えません。ここで求められているのは特別支援教育ではなく、インクルーシブ教育です。
その視点が非常に希薄なことを危惧します。

(a)に関して言えば、障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されている現状があります。一般的な教育制度とは地域での普通級でのインクルーシブな学びの場です。

(b)も基礎とすべき「障害者が、他の者との平等」が守られていません。そして、「生活する地域社会」でもの「障害者を包容し、質が高く、かつ、無償の初等教育を享受することができておらず、もちろん、中等教育をも享受することができていません。(公的な前期中等教育は大田区が担うべき課題です)

(c)の「個人に必要とされる合理的配慮」も地域の普通級のなかでは、ほぼ提供されていません。権利条約で求められているのは、障害に応じてそれを求められた側は「合理的な配慮」をしなければならないということです。これ、英文は"reasonable accommodation"、直訳すれば「理にかなった調整」という意味であり、理にかなっているかどうかのひとつの基準は、その" accommodation"によって過重な負担がかかるかどうかです。当然にも、調整すべき主体の力量によって、それが理にかなっているかどうかが問われるわけですが、行政、とりわけ大田区のようなそれなりに財政力が豊かな行政にはさまざまな負担が可能であると解釈されるでしょう。公立学校を物理的にアクセシブルにしていくこともそうですが、それと同時に教育内容をインクルーシブにしていくことが求められています。(d)で求められているのもそのことです。

(e)で求められているのは「完全な包容という目標に合致する効果的で個別化された支援措置」です。「学問的及び社会的な発達を最大にする環境において」という語句がで、あたかも特別支援教育の必要を求められていると誤解される向きもありますが、求められているのはフル・インクルージョンなのです。

 地域の普通校で合理的配慮を含むインクルーシブな環境が準備されず、遠く離れた支援校に通わざるを得ない生徒がたくさんいます。そこにどのように切り込むかという視点がまったく見受けられません。

 繰り返しになりますが、日本の学校が守ることを義務付けられたこの条約がめざしているのは、普通級での合理的配慮を含むインクルーシブな教育です。そのためには教員の配置やトレーニングも必要となります。大阪の大空小学校ではかなりのレベルでインクルーシブな環境が準備されています。ぜひ、参考にして大田区でインクルーシブな環境をどのように準備するかというビジョンを示してもらいたいです。インクルーシブな環境が必要なのは障害児に対してだけではありません。すべての生徒に必要とされていると考えます。

 【「未来社会を創造的に生きる子どもの育成」】に必要な【「ともに生きる力」 】や【考えの違いや多様性を尊重しながら共通性を見出し、ともに生きる子どもを育てる 】こと、さらには【人権の推進】 という観点からもそれは求められています。



2、教員の過重労働からの脱却

さまざまなことを実現するために、教員の過重労働からの脱却がとても大切になります。教員の労働時間にこそ、数値目標が求められているように思います。また、学級あたりの人数も減らすことも重要なのではないでしょうか。



3、 「特別の教科道徳」の実施への疑問
このプランに書かれている「特別の教科道徳」の実施 することが 「道徳性の涵養 」 につながるとは考えられません。道徳の教科化よりも人権感覚をどう身についてるかということが優先されるべきで、そのためには、地域ですべての人の人権、そして教師の人権、なにより子どもの人権がしっかり守られ。そのことをちゃんとこどもに体感させることが必要だと思います。
 すべてのマイノリティの権利が大切にされていることを子どもに見せていく必要もあると思います。
 国連で締結され、日本政府も批准している条約にあるような女性の権利、少数民族の権利、子どもの権利が守られなければなりません。
 また、普遍的な人権の基礎になる、すべての人の生存が祝福されるということをどう獲得するか、という視点が大切だと考えます。前述した権利条約の基礎となる「障害の社会モデル」を学ぶことも、その一助になるはずです。

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