『ぷかぷかな物語』メモ

サブタイトルは

「障がいのある人と一緒に、今日もせっせと街を耕して」

目次

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第1章 物語のはじまり

第2章 パン屋を始めたものの

第3章 なんだ、そのままでいいじゃん

第4章 ぷかぷかのお店

第5章 まっすぐ前を向いて生きています―障がいのある人が働く、ということ

第6章 たくさんのつながりをつくる

第7章 障がいのある人たちと一緒に新しい文化をつくる

第8章 思いつきのひとことが思ってもみない広がりを生んだ話

第9章 相模原障害者殺傷事件のこと
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https://www.pukapuka.or.jp/2019/06/29/3156/ で高崎さん本人が紹介しているイベント(「 福祉にファンができるヒミツ」と題したセミナー日本財団と共催)で購入。正直に書くと、気が向いたら、図書館で借りて読もうと思っていたのだが、ちょうどサインをしている机の前を通りかかったとき、本を求める人がおらず、高崎さんと目があって買わざるをえない感じで購入したのだけど、面白かった。読みやすい文章ですぐに読めた。そして、主張はストレートでわかりやすい。しかし、ねじれたぼくは、設立当時の葛藤だけでなく、日々起きている葛藤の部分も読んでみたいと思った。

ボスが高い理想を持っていると、往々にして、現場のスタッフは、その理想と現実の間で苦労する(ことが多い)。かぷかぷではどうなのだろう。この本は、いっしょにいてトクで楽しい話で充ちている。確かに楽しいことは多く、それを忘れている事業所が多い中で、それを強調することは大切で必要なことだからこそ、こんな本ができたのだと思う。でも、楽しくてトクなことだけでは終わらないのは間違いない。楽しくて、トクな場所を維持するための描かれていない努力や葛藤があるはず。そんなことも描かれていれば、もっと深みのある本になったと思う。そんな努力や葛藤は背景に透けて見えるような気がするが、明示的には読み取れなかった。

とはいうものの、高崎さんはタダモノではないというのはよくわかる。「地域を耕す」とかいう表現がリアルに描かれている。いま、障害者の事業所にもっとも求められているのは、そこが開かれ、地域とつながっているということだろう。それを意識的に実現し、明るい場所が作れているらしい「ぷかぷか」。いつか訪ねてみたいと思った。行ったイベントで紹介されていた映像にでてきたのは花崎摂さんだった、高崎さんは支援校の先生の時代に黒テントを訪ね、演劇ワークショップを始めているとのこと。PETAの話もでてくる。

この本を購入することになったイベントで札幌の知り合いとも出会った。花崎皋平さんの紹介でつながった縁で、この本でも紹介されているキャンプに高崎さんが参加することになったとか。そのキャンプの主催者関係者。

 この本の最後のほうでは津久井やまゆり園の事件に触れている。

ぼくもずっとひっかかっているテーマだが、なぜ、あそこを就職先に選んだ加害者の青年はそんな思想を持つに至ったのか。施設にそう思わせるものがあったのではないかという刃物のように鋭い問いが提出される。

犯人がもし「ぷかぷか」で働き、障がいのある人たちと一緒にいい1日をつくり出すような関係にあったなら、あのような事件は絶対に起こらなかったと思います。ひょっとしたら、ここにこそ事件の本質があったのではないかと思います。犯人が障がいのある人たちとどういう関係にあったか、ということです。173-174p

179pではカツラさんの話が紹介されている。

ほんの2年前、相模原の事件の直後に「犯人の言葉に、否定しきれない自分がいた。自分の中にも彼らを別の世界の人として意識の外に追いやろうとしている関学が確かにあった」と言っていた人がぷかぷかさんとのおつきあいのなかで「障がいの子どもとの日々が楽しい!」と言うほどに変わる。「不幸しか生まない」という犯人との違いはなんなのかと、高崎さんは問い、そこには本人の感性の違いもあるが、「結局はそれぞれの福祉の現場が、障がいのある人たちと、どのようなおつき合いをしているかがやはり大きいと思います」(180p)と書く。

ここで高崎さんが書かれているように運営をまかされていた法人の責任は重いと思う。沈黙を守ってていいのか、そうではないのではないか、というのはその通りだと思う。

 しかし、山田由美子さんは、津久井やまゆり園でスタッフ向けの意思決定支援のための支援者支援を行いながら、、「この施設や法人は、神奈川県内でも人権意識が高い法人」と、声を大にして言い切っています。http://teamaoi2003.com/post/7171 

あのような事件はどこでも起きうるもので、やまゆり園を責めるのは違うとこのブログに書いている。ぼくには真相はわからないが、不要な身体拘束を行っていたことが報道されている津久井やまゆり園。それが事実だとして、それでも人権意識が高いというのであれば、その全体の水準って悲惨すぎる水準なのではないか。。

また、事件のことをちゃんと外に向かって、意見表明しようとしているようには思えない当該法人のありかたが、その環境があの青年を育ててしまったという疑惑をさらに強いものにしていると思う。

 ちなみに山田さんは上記のブログでこんな風に書いている。

もちろん、できていないところもあると思います。

かといって、それは、どこの施設でも

良いところと悪いところが混在する、

そういうレベルのものです。


でも、元職員が、あんな事件を起こしてしまった。

だから批判が集まるのです。

でも、多くの人は考えたことがないかもしれませんが、

もし彼が、

私やあなたの施設にいたとしても、

きっと同じことをしただろうと思うのです。

つまり、「どこでも起きただろうと

思える事件だった」ということです。

津久井やまゆり園だから、

特別に起きたわけでもないのです。


ですから、

この施設に何があったのかを

やっぱり思い出してほしいのです。

いきなり事件があり、

訳もわからない中、

自分が慣れ親しんでいる住まいから、

引っ越しを余儀なくされた利用者の皆さんです。

「事件」「引っ越し」の出来事だけでも、

利用者の心の不安定に発展しても

おかしくはありません。


職員も同じです。

元同僚がまさかの事件を起こし、

利用者を必死で守りつつ、

亡くなったお子さんを持つご家族にも寄り添いつつ、

マスコミ等の対応をし続けたと思います。


自分の心を後回しにしている職員だって、

いたのです。


  また話は変わるが、・・・・いちばん気になったのが「支援」の話。この本で「支援」は上から目線だと高崎さんは書く(173p)。最初に紹介したブログ(寝たまま愛されているセノーさんの作り出す価値は、産業革命以来の価値の大転換 https://www.pukapuka.or.jp/2019/06/29/3156/ )にも書かれている。

高崎さんはこんな風にいう。

(宮原)この人が大切、っていう気持ちって、何をしてくれるから、っていうことじゃないんじゃないか。・・・。誰かに対して、その人の存在そのものが大切って思う気持ちをぷかぷかさんは思い出させてくれると思います

(高崎)すばらしい!だから「支援」なんてやっちゃだめなんだと思いますね。「支援」というのは、彼らのそのままはだめっていうことですから。社会に合わせたいびつな彼らより、彼らのそのままが一番魅力的だと思いますね。だからそのままの彼らにファンがつく。彼らのそのままがいい、と思うかどうか、私たちの価値観が問われています。

果たして、ほんとうにそうだろうかと、「支援」を生業にすることに慣れてきたぼくは思う。ぼくは【「支援」というのは、彼らのそのままはだめっていうこと】ではないと思う。ぷかぷかにしたって、彼らがありのままでいられる「場」や「関係性」が(表からはあまり見えないようにしてあるし、もう、あたりまえ過ぎて意識もされてないかもしれないけれども)、それは、とてもていねいに準備されているから、当事者の彼らは、素敵にのびのびと振る舞い、初めて来た人を含めて、周りの人たちが、それを楽しむことが出来るのだと思う。その関係性や場を準備することこそが「支援」だと、ぼくは思うのだった。

繰り返しになるが、高崎さんが「ぷかぷかさん」と呼ぶ、彼や彼女がそのままでいられる場所を作ることは大切な「支援」。いまの社会で、そんな場所はすごく意識して作らなければ作れない。確かに、世の中には社会への適応だけが強調される通所施設ばかりで(ぼくのところもそこから自由とは言えない)、そんな中で、そういう「支援」に「ケッ」って言いたくなる気持ちはわかけど・・・。という風に言いたくなるのは「支援」という言葉をそんなに疑問を持たずに使ってきた言い訳かもしれないね。

実は「ぷかぷかさん」という呼称にもなにか引っかかるものがある。「ぷかぷか」の近所の「カプカプ」では「カプカプーズ」と呼んでいて、こっちにはあまり抵抗がないのだけど、その違いはなんだろう。語感かなぁ? 「ぷかぷかさん」たち、いつもぷかぷかしてるわけじゃないっていうのもあるかも。彼や彼女がときに怒り、ときにいらだち、ときに許せないようなことをすることもあると思うのだけど、ぷかぷかさんと呼ばれてしまうと、何か無垢な存在のように聞こえてしまうからかもしれない。この本、全体への違和感もそのあたりにあるのだろう。

という印象に残った二つの話から、読書メモを書き始めたが、最初に戻って、付箋がついてるところを追いかけてみる。

高崎さんが言いたいことは以下に凝縮されてると思う

 私は養護学校で30年彼らとつき合ってきました。自分の中にある人間のイメージを大きくはみ出す人も多く、はじめの頃は戸惑うばかりでした。

 でも、いろいろつき合ってみると、私たちにはない、なんともいえない魅力をたくさんもっていて、いつからか、この人たちとずっと一緒に生きていたいと思うようになりました。一緒に生きていった方が「絶対にトク!」という感じです。彼らと一緒にいると毎日が本当に楽しいです。養護学校の教員になるまで、こんな楽しい日々が来るとは思ってもみませんでした。

 昔、私がまだ学生の頃、胎児性水俣病の子どもを抱きながら、「この子は宝子 ばい」と言っていたお母さんがいました。 でも、その「宝子」の意味がどうしても分かりませんでした。重い障害をもった子が、どうして「宝の子」なのか、よくわからなかったのです。

 でも、障がいのある子どもたちと30年つき合ってきた今、「宝子」という意味に込めたお母さんの思いが痛いほどわかります。ぎすぎすした息苦しい今の世の中にあって、ただそこにいるだけで心安らぐような雰囲気を作ってくれる彼らの存在はやはり「宝」と言っていい存在だと思うのです。彼らがそばにいるおかげで、私たちは人としてそこに立つことが出来るのだと思うのです。

 かつてあったおおらかさがなくなり、どんどん息苦しくなっていく今の社会には、そういう「宝」こそが必要なんじゃないか、私はそんなふうに思います。24p

 読み返して、音声やタイプでテキストデータにしてみて初めて気がつくのだけれど、この高崎さんの思いのベースとなる部分との違和感がいろいろな違和感を生んでいるのかもしれない。 ここに書かれていることを全面的に否定するわけではないっていうか、ぼくも彼らにたくさん癒されている。確かにこんな部分はあるし、彼らと触れ合ったことのない人には気付きにくい部分だろう。そこを強調したい気持ちはわかる。

しかし、そんな風に純粋なだけの存在じゃないということも言っておきたいと思う。ずるさやいやらしさも含めて全体としての彼ら。ありのままを到底受け入れられないと思うこともある。 でも、それでもいとおしい、そのあたりの微妙な違和感が残るのだった。

で、すごく面白くて共感したのが、

第3章 なんだ、そのままでいいじゃん 1節の

気色悪くて接客マニュアルはやめた (40p~)

マニュアルにあるのは「かしこまりました」「申しわけございません」「恐れ入ります」などなど。高崎さんはそれをメンバーにやらせて、「気色悪りい!」から止めた。彼らの彼ららしさをそれは殺す、というのでした。

47ページからの「見当違いの努力」という節では外販中のおしゃべりのことが書いてあります。パンの売り上げツジさんのおしゃべりが貢献しているというのです。販売中におしゃべりしてはいけないとかいうつまらないルールに高崎さんは異議を唱えるわけです。

そして、ツジさんのお母さんが今まで出来ないことをなんとかさせようとしてきたが、「見当違いの努力」をしてきたのではないかというのです。 49p

第5章 まっすぐ前を向いて生きています―障がいのある人が働く、ということ 

ここでは簡単な組み立てなどの単純作業に関して、はまる人もいるが、これがずーっと続くのは、基本的に誰でもむなしく辛いのではないかという高崎さんの思いが書いてある。

そして、「辛くても頑張る」ことへの疑義が提出される。

こんな風に書かれる。

これは仕事なんだから、辛くてもやるべきだ、と考えるのか、仕事の前向きの気持ちを用いるものではないと長くは続かない、と考えるかで、この問題への対処は違ってきます。75p

そういう単純作業で食べていかざるを得ない人がいる。機械化されていない単純作業の仕事はあり、それを誰かが担わなければならないという現実もある。そこにプライドは持てないのだろうか。そのことをどう考えたらいいのか、けっこう微妙だと思う。しかし、高崎さんはそのあたりでの躊躇がなく、とてもストレートに語る。そのことのわかりやすさ、面白さはあるのだとは思うが、ちょっと引っかかるものもある。

また、80pには障害支援区分認定調査で、ケースワーカーがびっくりするほど、できることが増えたという記述。仕事をするなかでそうなっていったとのこと。それはすごく喜ばしいのだけど、そうなると受けられるサービスの量が少なくなるかもしれないっていうのはつらいところ。

81-85pには、ソーシャルビジネス、ビジネスとして行わなければならないという話があり、そこはすごく共感できた。

114p~は高崎さんが養護学校の教員時代に、黒テントに何度も相談に行き、どうして障害者と演劇ワークショップをやるのか、いま一つ納得できない雰囲気はあったが、向こうも根負けしてか?、やってみようということになり。1985年に一緒に始めたとのこと。最近のぷかぷかの映画でも花崎摂さんが登場している。

そして高崎さんは以下のように書く

「障がい者と共に生きよう」とか、「共生社会を目指そう」なんて、ちっとも考えていないところで、「あなたにいて欲しい」「あなたが必要」と、素直に思えるようになったのです。演劇ワークショップは、そんな素晴らしい関係をさしたる苦労もなくつくってしまったのです。 115p

本当に「さしたる苦労」がなかったのかどうか、忘れてるだけなのかもしれないと思ったりもするのだけれども、とにかく、理屈抜きにそんな感覚が生まれたということはわかる。いいなと思う。

第9章 相模原障害者殺傷事件のこと

この第9章でこの本は閉じられる。

こんなことが書かれている

 4 小さなことを日々の暮らしの中で積み上げる

 事件直後、優生思想云々の話やヘイトクライムの話がずいぶん出てきました。でも話が大きすぎて 、私たちは何をしたらいいのかがよく見えません。大きな話をいくらしても、相模原障害者殺傷事件を起こした社会はなかなか変わりません。それよりも、私たちにできる小さなことを日々の暮らしの中で確かな形で積み上げることが大事な気がします。

 何を積み上げるか。それは、例えば犯人は「障害者はいない方がいい」と言いましたが、それに対して言葉で反論するだけでなく、障害者はいたほうがいいと思える事実、あるいは関係を作り続けるのです。

 「ぷかぷか」はお店や、外販先、パン教室、演劇ワークショップ、アートワークショップなどで、 ぷかぷかさんとお客さんの素敵な出会いをたくさん作ってきました。・・・167-168p

「福祉を腐らせないために」という節


184pに紹介されているのは、ぼくも参加した集会での、やまゆり園の元入所者の父親のHさんの発言だと思う。長い引用がされているが、最後の部分だけ紹介

・・・やまゆり園では1日2時間の活動しかなく、土日は何もない。 1日ボーっと過ごすだけ。そんな生活を「亡くなった利用者さんたちはみな、園で穏やかに暮らしていた」と法人側は言うけれど、こんな生活を50年も続けていたら、誰だって生きる目的、意欲を失い、自分の意思や願いを表出すること諦めてしまう。

そして、それに続けて高崎さんは以下のように書きます。

 利用者さんだけでなく、スタッフもそういう環境の中でものを考えなくなります。

 その人たちを「コミュニケーションがとれない」「生きていても仕方がない」人とU容疑者は線引きして殺したわけだけれど、そこで自分たちの支援を顧みたり、望んで施設で暮らしているわけではない、家族や社会の都合でそうせざるを得ないというそれぞれの人が背負う背景、事情に一片の理解を寄せることもなく、援助の仕事をしていた自分を顧みることはないのです。それを利用者家族から、職員間で問われることも、閉ざされた施設の中ではなかったのでしょう。184-185

こんな風に高崎さんは推測するのだけれども、U容疑者は本当に自分を顧みることがなかったのだろうか? 確かに彼の文章からそれを読み取るのは難しいが、このあたりのことを直接、確認した人はいないのだろうか?

ちなみに 容疑者名は出したくないので、本では実名だったがあえてアルファベットにした。それにしても、殺された人の名前は出ないのに、どうして殺した側の名前はこんなに大きく報道されるのだろう。

最初に少し触れたが、高崎さんはかながわ共同会のホームページで事件に関する検証がまったくなく、「元職員が起こした事件にもかかわらず、謝罪の言葉がひとこともありません」(185p)と指摘する。いま(2019年8月2日)見てみたが、確かに見当たらない。
ちなみに津久井やまゆり園に関しては、以下のような紹介が掲載されている。

施設の特徴

Facility features

津久井やまゆり園は、利用者の皆様に安心安全な生活環境を提供するため、リスクマネジメント体制とその運営の向上に努めてまいります。

個別支援計画に基づいたきめ細かいサービスの提供、地域ニーズの把握とニーズに根ざした総合的なサービス提供を実施してまいります。

支援の目標としては、利用者皆様の地域生活移行を目指した支援目標を設定し、関係機関との調整やご家族への説明を実施します。

在宅障害者支援の強化と利用者皆様の満足度を向上のため、相談機能や施設機能の充実を図り、サービスの拡大、職員の資質向上を目的として職員研修の充実を図ります。

https://www.kyoudoukai.jp/facilities/tsukui-yamayurien/

このページには

津久井やまゆり園 再生に向けた取り組み

というリンクがあったので、リンクを開いた。さまざまな取り組みが紹介されている。法人もこんなところでわからないように検証結果を出しているのか、と思ってよく見ると、ここは神奈川県のホームページだ。リンク元にはそのことは一切書かれておらず、共同会のホームページかと思って行った先が神奈川県って、それはないだろうと思った。

本に戻る。高崎さんは、この共同会が神奈川県の天下り先だから、

「県の検証委員会は施設に不都合なことは書かなかった、いや、『書かせなかった』のかもしれません。そして、不都合な部分は法人としても検証しない。

 福祉が、こういうところで腐っています」(185p)

と書く。証拠がないところでちょっと乱暴な感じがないわけでもないが、乱暴な不都合な部分を検証しない体質、自分が働く法人にもあるのではないかという問いが常に必要だろう。


メモはここまで

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